「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。
<第三章⑥ 取り調べ>
抵抗する気力もなく......
取り調べは、想像よりも辛くはなかった。
担当の刑事さんは、疲れたと訴えればその都度、休憩時間を取ってくれたし、ミツオに暴力を振るわれていたことを話すと、全面的に同情してくれた。
「右の耳が聞こえなかったから刑事ってわからなくて、だから突き飛ばしちゃったんです。警察ってわかってて逃げようとしたわけじゃないんですよ」
公務執行妨害になったことに不服を言うと、
「まぁ、確かに、いきなり見知らぬ男にクルマのドア開けられたらびっくりするわな」と、これにも理解を示してくれた。
話したいことや聞かれたことの答えを頭の中で整理しきれずに、支離滅裂のまま口にしても文句も言わず懸命に理解しようとしてくれたし、その逆に、考えすぎて言葉が出てこないときには、急かさずじっくりと待ってくれた。
そんなのは単に供述を引き出すための、尋問テクニックのひとつなのかも知れない。
それでもあたしには充分うれしいことだった。
あたしの言うことに耳を傾けてくれるのは、あたしの人格を認めて、一人の人間としてちゃんと向き合ってくれているからだ。そんな気がしてうれしかった。
だから、あたしは覚醒剤を常習していたことを、素直に話した。
入手経路以外のことは、すべて。
このときのあたしは、まだ久間木に恩義のようなものを感じていて、あたしとミツオの逮捕劇に久間木を巻き込んではいけないと思っていた。だから、入手先について聞かれたときは、上野や新宿で買ったときの話だけをした。
久間木こそが、あたしをシャブ地獄に落とした張本人なのに、そんな簡単なこともこのときはまだ見えていなかった。
逮捕されて一週間ほどすると、あたしは接見禁止を解かれた。
「ご両親に連絡しといたぞ」
でも、父も母も面会には来なかった。
「愛想を尽かされて、見捨てられたのかな?」とも思ったけれど、そうではなかった。
親は一度も面会には来なかったけれど、弁護費用のかかる私選弁護士をつけてくれたり、弁護士を通じて金品の差し入れはまめにしてくれた。
たぶん、父と母も混乱していたのだと思う。仕方ない。
あたしは地元の建設会社で働きはじめた頃、タバコを覚えた。男所帯の職場でつられるように吸いはじめて、一時期は単調な事務仕事の最中に立て続けに何本も吸っていた。
それでも、家に帰ると、バッグからタバコを取り出すことはなかった。親に咎められるのは目に見えていたから。
いい年をしても、あたしは親の目が気になって、親の前でタバコを吸うことができなかった。
そんな娘が覚醒剤で逮捕されただなんて警察から突然電話がくれば、混乱するのも当然のこと。
どう対処していいのかわからず、だから面会に来られなかったのだろう。
逮捕されたことや裁判で迷惑をかけるのが、心苦しかったり恥ずかしかったりしたから、親が面会に来ないのは、あたしも気楽だった。

なぜか久間木のことをかばっていた
(つづく)
(取材/文=石原行雄)
石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/