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その女が注射器を捨てるまで 第47話

紙コップにおしっこしたのは、中学の健康診断以来だった...

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。


<第三章④ 動かぬ証拠>


注射痕と尿検査

 二人の男性に挟まれながらパトカーの後部座席に押し込められ、あたしは警察署に運ばれた。

「おまえさん、東京でやらかして来たろ? 指名手配かかってるぞ」

 刑事らしき男性はしきりに話しかけてきたけれど、急激に襲ってきた怠さと寒気で、あたしはうなずいたり首を振ったりすることもできず、黙っていた。

 目眩が残っていて、気分も悪かった。

「風に当たれば少しは楽になるかも」と思ったけれど、窓を開けてくれるよう口にするのも億劫だった。

 お母さんが知ったら、どう思うだろう。

 そう思うと、軽い吐き気を覚えた。

 次にお母さんと会うときに、どういう顔をしたらいいんだろう。

 合わせる顔がない。
 心に重石を乗せられたようで、気分はますます悪くなった。

 黙り込むあたしを、右隣に座る刑事がじっと見ていた。
 注射痕だらけの腕を見られているのはわかったけれど、今さら隠しても仕方ない。

「こりゃ完璧だわ」

 刑事は誰に話すでもなく、つぶやくようにそう言うと、ようやく前を向いてくれた。


   


 警察署に着くと、イスに座る間もなく、そのままトイレに連れて行かれた。

「これにおしっこ入れてね」

 トイレの前で待っていた女性警官が、大ぶりの紙コップを差し出した。
 サッと勢いよく差し出されたので、反射的に受け取った。

 女性警官が個室を指差した。

「あそこでしなさい。ドアは閉めてもいいけど、してる最中も終わったあとも、絶対に水は流しちゃダメよ」

 足の裏をタイルの床に擦りつけるようにしてのろのろと、言われるままに個室に入った。

 これじゃ音を聞かれちゃうなぁ。

 個室のドアを隔てた横には女性警官が、その先──と言っても三、四メートルしか離れていないトイレの出入り口には、あたしを連れてきた刑事たちが、それぞれ立っていた。

 男の人にまで音を聞かれるのは嫌だな。

 でも、その気持ちを口にするのは億劫だった。
 すぐに終わらせて、どこにでもいいからとりあえず腰を下ろして休みたかった。

 あたしは言われるままに、紙コップに濃い色のおしっこをした。

 ばらばらばらばら......と、おしっこが紙コップの底を叩く音がタイルの床や壁に響いた。その音を他人事のように聞きながら、意識がすーっと遠のくような感覚に襲われた。

 それでもどうにかやり遂げて、紙コップを手に個室を出ると、洗面台の前に立たされた。
 カメラを持った男性警官がトイレに入ってきて、紙コップを持つあたしを撮った。

「今から検査器具を洗浄しますよ」

 女性警官は半透明のプラスティックの瓶を出し、そのふたを開けると、洗面台の水道で洗った。

 洗って水を切った筒に、指示されておしっこを入れた。瓶の底に濃い飴色のおしっこが溜まっていくのが、半透明の素材を透かして、はっきりとわかった。

 瓶におしっこを移し替えるあたしに向かって、立て続けにシャッター音が浴びせられた。

「これを薬物検査に送ります」

 そう言いながら女性警官はきっちりと瓶のふたを閉め、シールを貼って封印をした。


(つづく)



トイレ.jpg

恥辱だった...



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/