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その女が注射器を捨てるまで 第46話

覚醒剤を使いはじめてわずか半年後、私はついに逮捕された

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。


<第三章③ 公務執行妨害>

夢か現実か

 男性がなにやらわめいていた。

 でも言葉の中身はわからなかった。

 あたしはミツオに殴られて、右耳の鼓膜が破れていた。治療もせずに逃げていたので、そのとき右耳はほとんど聞こえなくなっていた。聞こえていたとしても、意味をどれだけ理解できたかはわからない。目覚めていきなり男に詰め寄られ、軽いパニックになっていたから。

 長距離トラックを運転しているときに、サービスエリアやパーキングエリアに停車して運転席で仮眠を取っていると、若い女性ドライバーが珍しいからか、見知らぬ男にたびたびちょっかいを出されたり、しつこくからかわれたりした。だから、このときも一瞬、そんな男が来たのかと思った。

 あたしが目を覚ましたのを見てか、男の叩く手にはさらに力が込められた。
 ドアを平手でバンバンと叩かれると、車体全体が反響する「ボワンボワン」という音が車内にこもった。圧迫感のある嫌な音だった。

 悲鳴を上げた。

 顔を近づけられるのが嫌で、サイドウインドウを叩き返した。

 すると、いきなりドアが開いた。ドアロックをし忘れていたのか......と思う間もなく、男が車内に身を乗り入れてきて、あたしの腕を掴んだ。

「痛いっ!」

 反射的に振りほどいて、男の胸のあたりを押した。

 逃げないと!

 わけもわからぬまま、精一杯の速さでクルマから降りる。

 そこに、男がなにかをわめきながら駆け寄ってきた。

 間近で怒鳴りつけられながら、でも大量に注射した覚醒剤がまだ効いていたからか、声は膜の向こうで鳴っているような感じもあって、さらに混乱させられた。

 怒鳴る男が近づきながら、手を伸ばす。

 あたしは伸びてくる手を払い除けながら、また男の胸のあたりを押した。

 たいした力でもなかったはずなのに、ジャンパーの男はよろめいて、アスファルトに尻もちをついた。

 男を突き飛ばしたあたしは、本能的にそこから逃げようとしていた。
 けれど、足が思うように持ち上がらず、もつれてしまい、転びそうになった。

 よたよたと二、三歩進んだかと思うと、体のどこかに強い衝撃を受け、続けてもみくちゃにされた。

 周囲ではいくつもの男の怒鳴り声が響いていた。

「わぁー!」とか「おぉー!」とか、言葉になっていない雄叫びみたいなものも多かったような気がする。

 そんな中でひとつだけ、はっきりと聞き取れる言葉があった。

「公務執行妨害、緊急逮捕!」

 あたしは地面に押さえつけられた。
 このときようやく、視界の端に制服の警察官や白と黒に塗り分けられたパトカーがあるのに気づいた。

 地面に押しつけられたまま、ものすごく硬いもので痛いくらいに手首を締めつけられた。

 手錠だった。

 あたしは逮捕された。

 飯場に入って約七カ月、覚醒剤を使いはじめてわずか半年後のことだった。


(つづく)

パトランプ684-380.jpg

まだ夢の中にいるみたいだった...


(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/