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シリーズ 達人に訊け

刑務所の慰問を続けて30年以上 まだまだやりますよ!

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自衛隊から芸の世界へ

──「昭和の名人」の一人・九代目桂文治に入門される前に、海上自衛隊に入隊されていますね。

才賀 高校の時に落語に出会い、「絶対に噺家になる!」と決めて文治師匠に入門をお願いしに行ったのが、高3の夏でした。その時に、師匠から「弟子になりたいなら、兵隊に3年ばかし行っておいで」と言われたんです。

 実は、師匠は当時もう70代後半で、あたしが真打になるまで生きていられる可能性は低かった。実際そのとおりになったんだけど、兵隊つまり「自衛隊入隊」とは、単に入門を断る口実だったんです。

 でも、あたしは言葉どおりに受け取っちゃって、「任期が3年ごとで世界中を回れるから」と海上自衛隊を選んで高校を卒業と同時に入隊しました。「バカまっしぐら」とは、このことですよ。

 配属は舞鶴101期でした。横須賀でもよかったんだけど、京都に行ったことがなかったから、舞鶴に志願したんです。お気楽なものですが、当時の海自は「帝国海軍」の生き残りがまだ少なからずいて、上官から「ここは海上自衛隊ではない! 海軍である!」とカマされるところから、あたしの「自衛隊人生」は始まりました。

 体力と運動神経には自信があったんですが、想像以上に厳しい世界でしたね。でも、何となく水が合っていて、「噺家はあきらめて、このまま定年までいてもいいかな~」と思ったことも何度かあります。

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 ほどなく護衛艦「はるさめ」に配属になり、搭載されている音波探知機「ソナー」が捉える水中の音の分析をするソナーマンになりました。先天的に音感がよくて、適性があったようです。水中の音を聞き分け、それが潜水艦なのか、魚の群れなのかを判断します。エンジンは水中では動かさないんだけど、スクリューは動いているので判断できるんです。達人クラスになると、スクリューから跳ね返ってきた音波だけで潜水艦の機種がわかるようになります。あたしはその前に噺家になりましたが。

 それで、ソナーマンは耳のために勤務中にクラシック音楽を聴いていいことになってたんだけど、あたしはこっそり落語を聞いてた。ある日、それがバレちゃって、上官に呼ばれたんです。
「一歩前へ!」と言われて、殴られることを覚悟して歯を食いしばって進んだら、なんと「あのテープ、ダビングしてくれ」と耳元でささやくように言われました。カッコよくて、もうこの人についていってもいいかな、とまで思いました。

 こんな風に、ちょっと心が揺れた時もありながら、自分のロッカー扉の内側に師匠の写真とカレンダーを貼り、カレンダーに毎日「×」をつけていました。これこそ出所の日を待つ懲役みたいなもんですが、「じいさんの写真を貼ってるなんて、ホモか?」と思われたこともあったようです。

 まあ3年とはいえ自衛隊の厳しい訓練のおかげで、「どこに行っても大丈夫」という自信もつきましたね。技術的なことに加えて、礼儀や掃除の作法は叩きこまれましたから。

 で、ようやく3年の「満期」を迎えて師匠のところに飛んで行ったんです。

「自衛隊に行ってきました! 弟子にしてください!」と言ったら、「あんた、誰だい?」とボケられました。

 まさかホントに自衛隊に行くとは思ってなかったそうですが、まあ最終的には師匠も「しょうがねえな」という感じで弟子にしてくれました。