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その女が注射器を捨てるまで 第43話

第二章㉓ サイレンが鳴っている

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


The END...

 おかしなことを叫ぶはじめたミツオ。

 口の横に添えた手のひらは、メガホンのつもり?

 まるで小学生、バカみたい。

 すると、

「てめぇ、余計なこと言ってんじゃねぇぞ! このバカヤロウが!」

 取り囲む誰かがそう言いながら、持っていた棒でミツオの右手を叩いた。

 ミツオが包丁を取り落とすと、男たちが一斉に飛びかかり、ミツオを袋叩きにした。ミツオの叫びも、袋叩きにされる姿も、あたしはずっと遠くの世界で起きていることのように感じた。

 注射の射ちすぎで朦朧としていたからか、現実感がまったくなかった。

 ミツオが袋叩き状態になるとすぐ、パトカーのサイレンがして、どんどんこちらに近づいてきた。

 飯場の誰かが通報したのか、それとも近所の誰かが通報したのか、幻聴ではなく本物のサイレンの音。

 あたしは見物しているだけで疲れてしまい、サイレンをきっかけにのろのろと布団に戻り、そのまま眠りについた。

「シャブを抜け」

 揺り動かされて再び目を覚ますと、久間木が覗き込んでいた。

「レイ子、おまえもヤバいから逃げろ」

 覚せい剤のせいか寝起きだからか、頭が働かず言葉の意味がわからなかった。

 布団の中でぼーっとしていると、

「あの調子じゃミツオのやつ、今頃パクられてるから。そしたらレイ子、おまえも一発でアウトだからな」

 ミツオが逮捕? 

 それで、あたしも?

「二週間逃げ切って、その間にシャブを抜けば、少なくとも『使用』にはならないから」

 秋田に久間木の知り合いのいる飯場があるので、そこで二週間身を隠しておけという。

「二週間射たずに我慢すれば、体から抜けるから。そうすりゃ尿検査されたって陰性になるからよ」

 覚せい剤所持で捕まるのはあきらめるとしても、それより重い覚せい剤使用の罪は免れられるというのだ。

 久間木は丁寧に説明してくれたけれど、あたしは捕まることの心配よりも、逃げることの面倒くささが先立っていた。

 べつに、もう捕まってもいいよ......。

 でも、素直にそう言うと叱られそうな気がしたので黙っていると、

「ほら、早く荷物まとめて秋田行ってこい」

 両脇の下に腕を入れられて、無理矢理立たされた。 

 急かされるままに、荒れ放題で放置されたあたしとミツオの部屋に戻り、ガラス片の付いていない服と下着を、目に付く順にボストンバッグに詰めた。

 適当に荷造りをしたはずなのに、パケと注射器はしっかりとバッグの底に忍ばせていた。

 懲りないあたし。

 どうしようもないシャブ中だ。

「秋田には電話しといてやるから」

 わけのわからぬうちに愛車の運転席に乗せられたあたしは、言われるままに秋田へ向けて走り出した。

 これは逃亡?

 警察から逃げてるの?

 あたし、一体なにやってるの?

 一瞬だけ湧いたそんな疑問も、高速道路に乗ると前を走るクルマに衝突しないよう気をつけるのに精一杯で、あっという間にどこかに吹き飛んだ。

ogura_140908.jpg

この先に何が待っているのか、予想もできなかった(この写真はイメージです)


(第二章 完)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/