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その女が注射器を捨てるまで 第30話

第二章⑩ 嫉妬の炎に焼かれて

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


身の潔白

「おまえの嘘を暴いてやる」

 ミツオはそう息巻いて、喫茶店までのわずかな道のりを「今だったらまだ、素直に謝れば許してやるぞ」と脅し続けた。

 あたしは、喫茶店のママに証言してもらえば、身の潔白を証明できると思って歩いた。

 喫茶店の扉を押すと、

「いらっしゃい、レイ子ちゃん」

 顔なじみになったママ。

 すかさずミツオが訊ねる。

「すんません、俺こいつの連れなんですけど......こいつはよくここに来るんですか?」

 笑顔のままでママが答える。

「ここ最近よく来てくれるわ、ね?」

 あたしはママの言葉にうなずきながら、ミツオに言う。

「ほらね」

 ついさっきまで鬼の形相で暴れていたミツオも、穏やかな笑みを浮かべて聞いている。

 ようやく納得してくれた。

 安心すると急にそんなことをしたのが恥ずかしくなって、ミツオと二人、そそくさと店をあとにした。

......あたしは甘かった。

なぜ信用してくれないの...

 部屋に戻ると、途端にミツオは鬼に戻った。

「おまえ、店のババアと口裏合わせて、俺を騙そうとしてるんだろ!?」

 驚きで言葉も出なかった。

「わかったぞ、おまえ、店のやつと浮気してるんだろ? だからあんなボロい店に通ってるんだろ!? おいっ!?」

 厨房に男がいたと言い張るミツオ。

「奥なんて覗いたこともないから、男の人がいるかなんて知らな......」

言い終わらないうちに、ミツオが畳みかけてきた。

「じゃあ客だろ! 常連客の男とデキてるんだろ!?」

 そして、返事をする間もなく、グーが飛んできた。

 なにを言ってもダメなんだ。

 あたし、ぜんぜん信用されてないんだ。

 殴られながらそう思い、痛さと悲しさで、泣いた。

 その日から、あたしはほかの男性と無駄口をきいてミツオを刺激したりしないよう、神経を張りつめて過ごすようになった。

 けど、その努力に意味があったのかどうか......。

 というのは、ミツオは浮気のほかにも、あたしのすることでなにか気にくわないことがあれば、それがなんであっても言いがかりをつけてきて、暴力を振るってきたから。

 ミツオの暴力が激しさを増すと、幻覚に続いて幻聴も聞くようになった。

 隣室から壁をドンドンと何度も叩かれて、「うるさくしてるわけでもないのに、なに?」と隣の部屋に抗議に行くと、「それ、遠くの大工仕事だろ?」と逆にとがめられ、そうしてはじめて遠くからカナヅチでなにかを叩く音が風に乗って届いているのに気づいた。

 大食堂などの共同スペースにいると、誰かに話しかけられた気がして返事をしてしまうことも増えた。

「えっ? なに?」と振り向いた先には誰もいなくて、「レイ子がまたボケてるよ」と、ちょっとした笑い者になった。

 でも、そんなのよりも深刻で辛い幻聴も多かった。

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幻覚のその先へ(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/