「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)
ウルトラマンが飛んでいる!
覚せい剤を注射して、その頃には万年床と化していた和室の布団に寝転ぶと、目の前には電灯スイッチのヒモがぶら下がっていた。
あたしは、ヒモの先にウルトラマンのマスコットを結びつけていた。
コミカルでかわいらしい二頭身の人形で、両腕を前に差し出して脚をピンと伸ばした飛行のポーズをしていた。
シャブが効いてくると、このマスコットが「シュルシュル」と風切り音を立てながら、クルクルと飛び回るのだった。
最初にヒモの先のウルトラマンが揺れているのに気づいたときは、「地震なの?」と思ったけれど、敷き布団に沈む背中に神経を集中しても、床が揺れている気配はなし。
そのままぼんやり見つめていると、ウルトラマンの振幅はどんどん大きくなって、ついにはシュルシュルと飛びはじめた。
「なんだ、飛んでただけかぁ」
なんだか妙に納得をして、あたしはヒモの先で飛び回るウルトラマンを眺めた。
気持ち良さそうにクルクルと円を描いて飛ぶウルトラマン。
その背景には無数の星が瞬く宇宙空間が広がっていた。
コバルトブルーの南洋の海とか、宇宙空間とか、幻覚は飯場の部屋とはあまりにもかけ離れたものばかりだった。
たぶん、外出できないストレスのせい。
そして暴力がはじまった
その頃のあたしは、自分の意志というよりもミツオの顔色を窺って、部屋に籠もるようになっていた。
嫉妬深いミツオに軟禁されていたと言ってもいいかもしれない。
ミツオのいない寂しさから、あたしは飯場の男の人たちとよく話し、誰かの部屋で頻繁に開かれる飲み会にも、ちょくちょく顔を出していた。
東京に知り合いのいないあたしには、飯場の仲間くらいしか話し相手はいなかった。
でも、そうなると周りは男性ばかり。それがミツオには気にくわなかったらしい。
自分はよそに女を作って、外泊ばかりしているくせに。
「あたしだって寂しいんだから、ほかの人と遊んでもいいでしょ!? 男と一緒って言ったって、二人っきりじゃないんだし!」
間違ったことは言ってないのに、あたしが口を開けば、なにかを言った分だけ、拳が返ってくるようになった。
頭をゴツンと殴られて脳震盪を起こしたり、みぞおちにグーが入って息が止まったり。
ミツオが電話をしたときにたまたま部屋にいなかっただけで、何発も立て続けに殴られたりもした。
殴られるのは、痛いだけじゃなく、惨めな気分にさせられるから嫌だった。
あたしは言葉でコミュニケーションしたいのに、ミツオは無言で睨みつけ、手のひらやグーを振り下ろす。
言葉のわからない動物を躾るみたいに扱われるのが、屈辱的で悲しかった。
暴力の痛みや屈辱感を避けるため、あたしは無意識のうちにほかの男性とはプライベートな時間を過ごさないようになっていった。
覚せい剤を射っていないときは、ファミレスや喫茶店で独りで暇つぶしをした。
たまたま飯場の近所には漫画の本をたくさん置いた喫茶店があったから、しらふでも気分のいいときは充分に楽しく暇をつぶせた。
それだけのことなのに、喫茶店に通っていることを知ると、ミツオは激しく怒った。
「そんなことで俺を誤魔化せるとでも思ってるのか!」
大きく肉厚な手のひらで、後頭部をバシッと叩かれた。
「ホントだよ! あたしが嘘つくわけないでしょ? 漫画を読みに行ってるだけだよ!」
何度か同じやりとりが続いたあと、「じゃあ、その喫茶店に確かめに行くか?」という話になった。

私の脳は確実に壊れ始めていた(この写真はイメージです)
(つづく)
取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/