「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)
幻覚の中で謝った
覚せい剤を使うようになってから、後ろめたさもあって、母とはほとんど連絡を取らなくなっていた。
不在のときに電話が二、三度、それを無視していたら「連絡くらいしなさい」という簡単な手紙も二通届いた。どんな言葉を返したらいいのか、悩みながらついつい返事をせずにいたら、そのうち親からの連絡も来なくなった。
疎遠になって清々したつもりでいたけれど、心のどこかでずっと親のことが気になっていたのだろう。
それにしても、こんなときに、こんなかたちで現れるなんて......。
目の前に、東京にいるはずのない母。
母はあたしを睨みつけていた。
目を閉じても、なぜか母の姿だけはまぶたを透かしてしっかり見えた。
びっくりして起きあがり、
できる限りの言い訳をした。
ミツオのこと、置き去りにしている子供のこと、そして覚せい剤のこと。
それでも母は般若のような、ものすごい形相であたしを睨んでいた。
その目を通して、あたしがシャブ中ということを母がすべて見通しているのが、わかった。
「ごめん......なさい......」
小さな声で謝る。
「ごめんなさい!」
絶叫した。
「ごめんなさい!」
絶叫しながら額を畳に擦りつけて謝った。
子供の泣き声に謝ったときのように。
それでも母は微動だにせず、あたしを無言で睨み続けた。
──あたし、どんどん悪い子になってる。
これじゃあ、お母さんに認めてもらえなかったのも当たり前。
やっぱり、あたし、ダメな子なんだ。
母に睨まれた日を境に、あたしは極度の鬱状態に陥った。
「しばらくやめろ」
心も体も、どちらもほとんど壊れてしまった。そして、ついに仕事先で倒れた。
診断は「過労による貧血」。
当たり前。
振り返ってみると、この一カ月間、睡眠も食事もまともに摂っていなかった。
注射量が増えたからか、アルコールをあおっても眠れなくなっていて、ここ一カ月の間、布団に入った記憶がなかった。
食事も二日に一回くらいゼリーか卵かけごはんをすする程度で、まともなものを食べていなかった。
「レイ子、おまえやりすぎだぞ」
顔色や素行から察した久間木が、病院のベッドで点滴を受けるあたしに言った。
「おまえ、俺のほかからもネタ引っ張ってるだろ? 俺よりもたくさん使ってるんじゃないか?」
久間木は自分が与える以上のシャブを、あたしが射っていることを見抜いていた。
「当分の間、シャブはやるな」
中止命令。
「意地悪で言ってるんじゃないぞ。このままだと本当にダメになるからな。なんにでも限度ってもんがあるんだよ」
あたしは相づちを打ったり、うなずいたりするのも億劫で、無言のままぼんやりと病室の天井を見つめていた。
──久間木がくれなくなったら、新宿とか上野に買いに行かなくちゃならない。
面倒くさいなぁ......。
天井を見つめながら、そんなことだけを考えていた。

早く射ちたいなあ~(写真はイメージです)
(つづく)
取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/