その女が注射器を捨てるまで 第35話

第二章⑮ 泥沼

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


悪循環から抜けられない

 顔色の悪さを隠すためにサングラスと厚化粧をしていたあたしは、ファンデーションを腕にも塗るようになった。

 注射痕からシャブ中であることがバレるのが、とにかく恐かった。

 出かけるときには、まず厚化粧。

 それでも消しきれないどす黒い隈を隠すのと、瞳孔が開いて眩しいのに対処するために、サングラスをかける。

 そして腕にはファンデーション。
 
 用心のために長袖しか着なくなっていたのに、それだけでは不安で、長袖で隠れているのに、腕にもファンデーションを塗った。

 そんなことをする必要はないのに。

 そんなことよりも先にしなくちゃならないことがあるのに。

 自分でも「射ちすぎ」という自覚はあった。

 けれど、やめられなくなっていた。

 シャブが完全に切れると、どうしようもなくイライラして、そのあと強烈な怠さと寒気に襲われた。

 イライラと怠さと寒気から脱出するために、あたしは次の注射を射った。

 切れたら射つ。

 これが一番手っ取り早くて、確実で、一番強力な解決方法だと思った。

 逆に、充分に効いていて「今は要らない」というときでも、ミツオがあたしの分も水溶液を作って、注射器を差し出せば断ることはできなかった。

 射ちすぎると「このまま破裂しちゃうんじゃない?」と思うほど心臓がバクバクと高鳴って、吐き気を催した。

 でも、「要らない」なんて言えば、「俺のシャブが射てないのか?」と不機嫌になって、ものすごい暴力がはじまるのはわかりきっていた。だから、トータルで考えると、黙って受け入れるのが結局は一番楽な気がした。

そして、その時が、来た

 土曜の夕方から日曜の夜中まで、ノンストップで十発以上、無理矢理射たれたこともある。

 長時間深い効きが持続して、自分がどこにいて、なにをしているのかもわからなくなった。

 自分の頭がどうにかしはじめていると、はっきりわかった。

 でも、先に壊れたのはミツオのほうだった。

 ある日曜──たしか日曜だったと思う──の昼下がり。

 あたしとミツオはいつものとおり、真っ昼間から二人でシャブを射っていた。

 とりたてて暑い日でもないのに、二人は汗まみれだった。

 覚せい剤でかいた汗で、水を被ったように濡れていた。

 和室であぐらをかいて射っていた。

 薄茶色に灼けた畳表は、二人の座るところだけ、たっぷりの汗でドス黒くなっていた。

 どちらからともなく、服を脱いだ。

 汗で布地が肌に張りつくのが気持ち悪かったから。

 ミツオはトランクス一枚になって、あたしはロング袖のTシャツだけを脱いで、そのまま射ち続けた。

 その日、何発目かの注射が切れかける頃、ミツオがぽつりと言った。

「おまえ、男がいるだろ?」

 また浮気を疑ってるの?

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2人でいるのに、いつも1人だった...(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/