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その女が注射器を捨てるまで 第34話

第二章⑭ 末期症状

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


土色の肌とコーヒー色の小便

 気がつくと、あたしは激痩せしていた。

 身長160センチで、体重は30キロ台の前半。

 鎖骨もあばら骨もくっきりと浮き出て、腕も脚もほとんど骨の太さだけの棒っきれみたいな細さになっていた。

 頬はこけ、顔は土気色で、その土気色の肌の上でもはっきりとわかるほど、目の周りには隈がどす黒く沈着していた。
 
 おしっこは調子のいいときでも濃いオレンジ色に、とくに怠いと感じるときはコーヒー色になっていた。

 いつかのミツオの暴力で斜めに大きくひび割れた鏡台を覗き込めば、覗き返してくる亡霊みたいな女の目玉は、白目が飴色に濁っていた。

 肝炎だ。

 あたしは看護師時代に勉強したことを思い出しながら、他人事のように思った。

 見た目には完全なシャブ中。
 
 体も壊れはじめている。

 それなのに、あたしはなんとも思わなかった。

 痩せすぎて肉の落ちた腕は、血管も細くなっていて、注射しにくいのには困ったけれど。

 あたしは食べなくなっていた。

 味というものをまったく感じなくなっていて、食べ物を口に入れてもモソモソと嫌な食感があるだけで、どうしても飲み込めなかった。

 できたてあつあつの料理も、まるで粘土を噛むようで、吐き気がした。

 覚せい剤のせいでノドの粘膜がただれていたので、無理矢理食べようとしても、固形物は飲み込めなかった。

 大人数の話し声やざわめきが耳にザラザラと不快でイライラさせられるのもあって、あたしは飯場の食堂に顔を出さなくなっていた。

 飯場の食事は、各人の分がトレイに載せられて、決まった位置に用意されていた。

 どれが誰の食事かがひと目でわかるようになっていたので、連日のように手を付けないと不審に思われると恐れたあたしは、「あとで食べるから」と自室に運び、そのままゴミ袋に入れて、夜中にこっそりコンビニのゴミ箱に落とした。

 ゼリーや卵かけごはんなら、辛うじて食べられた。

 冷たくてツルリとしたノド越しが荒れた粘膜に気持ち良かったので、その感触を楽しむために流し込んでいた。

 でも、それだけでは栄養不足は解消できなかった。

 栄養が足りないからだろう、注射を射った痕にできる青あざがなかなか消えず、一週間以上も残るようになった。

 青あざの注射痕だらけの腕は、剥き出しで歩けば「覚せい剤射ってます」と宣伝して歩くようなものだった。

 太股の付け根とか、手の甲の血管とか、注射する場所を変えてみたりもしたけれど、青あざを全身に広げるだけだったので、結局は射ちやすくて効きのいい、腕の内側に射っていた。

ogura_140908.jpg

鏡の中の亡霊が嘲笑っていた...(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/