その女が注射器を捨てるまで 第33話

第二章⑬ 発覚

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


バレた

 それにしても、どうしてミツオはこんなに酷い暴力を振るうようになったんだろう?

 あたしに飽きたから?

 あたしがイラつかせてしまったから?

 それもある。

 けれど、一番の理由はほかにあった。

 ミツオも覚せい剤をやっていたのだ。

 週末になるとよその女のところで、一緒にシャブを射っていたのだ。

 部屋に帰ってくるのが、ちょうどシャブの切れはじめる頃で、覚せい剤の抜け際の怠さやイライラをあたしにぶつけていたのだ。

 あたしとミツオはお互いに隠れて覚せい剤を射っていた。

 それが発覚したのは、久間木の余計なひと言のせい。

「おまえがしっかりしないから、レイ子がシャブなんかに溺れるんだぞ!」

 覚せい剤の影響で仕事をサボりがちになっていたミツオを、現場監督でもある久間木が呼び出して叱りつけ、ミツオがモゴモゴと言い訳をすると久間木がキレて、思わずそう口走ってしまったのだという。

 後日、あたしはミツオと久間木の両方から、そう聞かされた。

「レイ子がシャブをやっている」

 そう聞かされたミツオは、シャブ欲しさに必死で家捜しをしたのだろう。

 その日、長距離運転から帰ったあたしは、部屋のドアを開けて驚いた。

 台風が過ぎたあとのように、部屋中がぐじゃぐじゃに散らかっていた。

 もっと驚いたのは、キッチンのテーブルの上。

 封の破かれたパケや注射器が、「たった今、射ち終わりました」と言わんばかりの状態で置いてあった。

 テーブルの前には、イスの上であぐらをかくミツオ。

 ミツオの背にした冷蔵庫は、ドアが開けっぱなしのまま。内張りは完全に引き剥がされて、床に放り出されていた。

 シャブを見つけられた。

 しかも勝手に使われた......。

 あたしのシャブなのに!!!

「ちょっと、あんた、なにやってんの!」

 ミツオは異様にギラギラした目であたしを睨みつけながら怒鳴った。

「それはおまえのほうだろうが! おいっ!?」

 あたしは殴られた。

 いつものように。

二人、手を取り合って

 でも、変化もあった。

 この日以降、あたしとミツオは二人で一緒に射つようになった。

 すると、ミツオの外泊がぱたりと止んだ。

 たぶん、注射を射つときに、あたしから隠れる必要がなくなったから。それで、わざわざ外の女のところに行く意味がなくなったのだろう。

 二人で一緒に射つようになると、「もうあと戻りできない」という絶望感を感じるようになったけれど、同時に、一緒に過ごす時間は確実に増えた。

 現実と向き合う気力や体力を失いつつあったあたしは、二人で射つことの深刻さには目をつぶり、一緒に過ごすという目先の喜びだけを追いかけた。

 ミツオがシャブを買いに出ると言えば、上野に新宿、大久保と、どこにでもついていった。

 東京に来てから久しぶりのデート気分を味わった。

 買い求めるものが覚せい剤だなんて、狂っているとしか言えないけれど、そう思う冷静さは完全に失っていて、とにかく気持ちが浮き立った。

 あたしは自分の感覚がおかしくなっていることに、これっぽっちも気づいていなかった。

 一緒に射つようになってからもミツオの暴力は収まらなかったけれど、一緒に射つときには優しくなった。

「シャブ射って殴ると歯止めが利かなくて、殺しちゃうかも知れないから。だから優しくしようって決めたんだ」

 ゾッとするような言葉も、前半部分は耳を素通りして、都合のいい後半の部分だけを無意識のうちに選り分けて聞いていた。

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もう、戻れない.........(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/