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その女が注射器を捨てるまで 第18話

第一章⑰ 家族ごっこ

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


つかの間の幸せでさえ

 ミツオの目は真剣だった。

「でも、ほかの男との子供だよ?」

 不安をそのまま口にすると、ミツオは軽く叱りつけるような口調で言った。

「おまえの子供なら、俺の子供だ!」

 あたしは泣いた。

 アイラインもファンデーションも流れてぐちゃぐちゃになるのもかまわずに。
 
 スカートに落ちる涙の滴も、目もとを拭った手の甲も、どちらも真っ黒だったから、顔はさぞかし酷いことになっていただろう。

「三人で楽しくやろうぜ」

 ミツオはそんなあたしを抱き寄せて、いつまでもぎゅっと固く抱きしめてくれた。

 あたしは止めどなくあふれる涙をどうすることもできなかった。

砂上の家族

 ミツオは嘘をつかなかった。

 実家からアパートに子供を連れてくると、何時間でも飽きずに遊び相手になってくれた。金曜日に仕事が終わると実家にクルマを飛ばして、子供を連れてとんぼ返り。土日はたっぷりミツオと三人で過ごす。そんな週末が恒例のことになった。

 あたしがごはんの支度をする横で、ミツオは子供の遊び相手をする。

 あたしが小さい頃から夢見ていた家族そのもの。

 そんなことに気づいて、急に胸がいっぱいになることも何度かあった。

 いきなり泣いたりすると、ミツオに変な顔をされそうだから、懸命に涙はこらえたけれど。

 なんとなく幸せの形をイメージできるようになってきたある日、仕事から帰ると、待ちかまえていたようにミツオがあたしの部屋に来た。

「一緒に東京に行くぞ!」

 ミツオの知人が東京の建設会社で働いていて、そこの飯場で雇ってもらえるという。

「飯場に住み込みで、仕事も住むところもあるんだから、生活なんかすぐに安定するさ。そしたら子供を引き取って三人で、さ」

 週末だけじゃなく毎日、子供とミツオが一緒の生活......。

「二人で来てもいいって言ってくれてるから、な」

 自分みたいな人間に、こんなことを言ってくれる男性なんて、もう二度と現れないかも。

 そう思って気づくと、また涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。

 強引で急な話だったけれど、あたしの気持ちは一瞬で決まった。

 ──タカノリとはできなかった"家庭"を築くんだ。

 あたしとミツオは各自のクルマに積めるだけの荷物を積んで、東京に向かった。

 子供は、生活基盤が整ったらすぐにでも連れに戻るつもりで。

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あたしの夢見た家族ってどんな形だったんだろう(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/