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その女が注射器を捨てるまで 第17話

第一章⑯ 終わりの始まり

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


新しい男

 出会いのきっかけは雪。

 その日は晴れていたけれど、前夜は数日前から降り続いていた雪がどか雪になり、朝、駐車場に行くとあたしのクルマはすっかり埋もれていたほどだった。

 プラスティックのスコップで雪の中からクルマを掘り返し、しっかりとエンジンを暖機して、その間に帰宅時のことを考えて、駐車スペースの雪かきもしておいた。

 それなのに、仕事を終えてアパートに戻ってみると、あたしの駐車スペースには誰かの黒塗りセダンが。

 いつもは隣のスペースに停まっているクルマ。

 ということは隣の部屋の住人のだ。

 隣のクルマがいつも停まっている場所には、雪がそのまま残されていて、陽に照らされてハンパに解けて、そのうえで夜風に吹かれたせいか、ガチガチに固まっていた。

 自分のところに停められないからって!

 あたしはアパートの階段を駆け上がり、隣の部屋の前に立ち、ドアチャイムの白いボタンを立て続けに押した。

 何度も何度も押し続けていると、ドアが開き、あたしと同い年くらいの若い男が不機嫌そうな顔をのぞかせた。

 男はドアから顔を出すと、凄むような目つきであたしを見下ろした。

「なんだよ?」

 それがミツオだった。

告白

「あんたんとこのクルマが、あたしんとこの枠に停まってるんですけど?」

 男の目つきに負けないように、あたしも喧嘩腰で話した。

 背の低い若い女が、無理して虚勢を張っているので、白けたのだろうか。ミツオは素直に謝って、そのまま階下に降り、すぐにクルマをどかしてくれた。

 翌日、仕事から帰って部屋でくつろいでいると、チャイムが鳴った。

 ドアを開けるとミツオが立っていた。

 身構えるあたしに、ミツオはぶっきらぼうに菓子折を差し出した。

 昨日のお詫びだと。

「古風なことするなぁ」と思いつつ、素直に謝ってすぐにクルマをどかしたり、こうして改めてお詫びに来るあたりに、好感を抱いた。

 この日以降、あたしとミツオは一緒に食事や飲みに行くようになった。

 そして、頻繁にお互いの部屋を行き来するようになり、

 自然に男と女の関係になった。

 関係が深まると、あたしは自分のことを話した。

 結婚していることも、

 子供がいることも。

 ミツオに嫌われるんじゃないかと思うと恐かったけれど、いつまでも隠し事はできないと思ったから。

 ミツオはすべてを受け入れてくれた。

「離婚しようとしてるんだし、今はもう一緒に暮らしてないんだから、そんなのもう夫婦じゃねえよ」

 そして言った。

「子供は俺と一緒に育てればいいさ」

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もし雪が降らなければ、二人は出会わなかったかもしれない(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/