その女が注射器を捨てるまで 第16話

第一章⑮ 彷徨

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


誰も頼れない

 何度か会いに行くうちに、タカノリにはあたしと子供を呼び寄せて一緒に暮らす気などもうないのだとわかった。

 やきもきしながら電話や送金を待つのにも疲れたので、離婚を申し出たけれど、タカノリは中途半端なままその場をやり過ごすようなことしか言わず、いつまでも離婚に応じてはくれなかった。

 タカノリに対する不信感と嫌悪感が高まった。

 心のよりどころにできる人が一人もいなくなって、心細くなった。

 独りぼっちで子供を育てきれるのか、不安でいっぱいになった。

 でも、泣き言を言っても生活費が出てくるわけじゃない。ミルク代に紙おむつ代......と、子育てにはお金がかかる。

 送金がなくなって、少ない貯金も使い果たしたあたしは、働くしかなかった。

 両親に言えば育児にかかるお金を出してはもらえただろう。

 でも、そのたびに「おまえが変な男に引っかかるから」と言われそうだったので、素直に頼ることはできなかった。

 あたしは仕事を探した。

息の詰まる毎日

 でも、中卒のあたしにはなかなか見つからなかった。

 准看護師の資格があったから、ナースの口ならあったのかも知れない。

 けれど、まだ小さい子供を抱えて勤務時間の不規則な仕事はできないと思った。産後に体調を崩したこともあって、できれば当分の間はデスクワークに就きたかった。

 仕事を探すうちに、隣の大きな市で建設会社の事務職の口を見つけた。条件は悪くなかったけれど、実家から毎日通える距離ではなかった。

 両親と話し合った末、あたしは会社の近くに部屋を借りて、平日はそこで暮らし、週末だけ実家に帰ることになった。

 子供の面倒は母に見てもらうことになった。

 あたしはなにをしたかったんだろう?

 もちろんお金も必要だった。

 でも、本当は家から逃げたかっただけのような気もする。

 部屋に籠もって、来る日も来る日も子供と向き合うだけの毎日。

 母に小言を言われながら。

 夫の返事や送金をなす術もなく待ちながら。

 ──そんな煮詰まった生活に疲れて、逃げ出したかっただけなのかも知れない。

 久しぶりに社会に出てみると、親元を離れてほっとしたけれど、思ったほど楽しいこともなく、あたしは淡々とした毎日を送った。

 そんなあたしを気にとめてくれて、営業所の所長は資格試験を受けるように勧めてくれた。

 「ほら、うちは建設会社だからさ、重機とか大型車とかの免許だったら補助金がもらえるから。安く取れるんだから取らなきゃ損だぞ!」

 所長はたびたびそう言っては快活に笑った。

 ほかにやることもなかったし、気晴らしが欲しいとも思っていたので、あたしは勧められるままに次々と運転免許を取得した。

 大型トラックにクレーン車、ユニック。新しいことを知るのは頭を使って大変だけれど楽しくて、あたしは趣味のコレクションをするように、次々と免許を取った。

 ──そんな風に、淡々として無感動な毎日から脱出しかけていたある日、

 あたしはミツオと出会った。

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子育てさえ、もはやどうでもよかった(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/