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その女が注射器を捨てるまで 第15話

第一章⑭ 希望の種 その3

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


なにもかも壊れてゆく

 お腹の子供が六カ月になったとき、あたしとタカノリとそれぞれの両親が一堂に会して、話し合いをすることになった。

 さすがの父と母も、ここに来てようやく「今さら後戻りはできないし、生まれてくるのも時間の問題」ということに気づいたのだろう。

 あたしとタカノリは入籍をすることになった。

 けれど、もうこのときには、あたしもタカノリも、一緒に家庭を築くことに対する熱が冷めていた。

 お互いに、

 少しずつ。

 入籍だけは済ませたけれど、新居をどこにするかといった具体的な話し合いはほとんどなかった。そして入籍から二週間後、あたしはタカノリから驚くべきことを聞かされた。

「転勤が決まったから、来週にもこの町を離れる」

 しかも、よくよく聞いてみると、異動はタカノリが上司に希望して実現したものだという。問いただすと、「レイ子の両親とやっていく自信はないし、もうやっていくつもりもない」と言った。

 どういうこと?

 考えがまとまらず、かける言葉を見つけられずにいるうちに、タカノリは「出産費用と生活費は振り込む」とだけ言い残して、さっさと遠く離れた町に越して行ってしまった。

 混乱の最中も、お腹はどんどん大きくなった。

 結局あたしは実家住まいのまま、独りで子供を産んだ。

 タカノリには電話で無事に出産したことを伝えたけれど、子供の顔を見に来ることはなかった。

そして花は枯れていった

 毎日、なにが起きているのかわからないほどがむしゃらに子育てと格闘して一年。その少し前から、生活費の入金も途切れたままになっていた。

 子供を抱いてタカノリの赴任先に会いに行ったりもしたけれど、タカノリは子供に対する実感も思い入れも、愛情も薄いようで素っ気なかった。会えば会ったで入金されない生活費の話になり、結局は「こっちだっていろいろあるんだよ、そのうちまとめて振り込むから」と面倒くさそうに言い捨てられるようになった。

 実家に戻るクルマの中であたしはハンドルを握りながら、自分がまるで仕事のできない借金取りにでもなったような気がして、そんな自分が惨めで悲しく、二時間以上の道のりを泣きっぱなしで走ったこともある。

 そして家に着く頃には、惨めさと悲しさはタカノリに対する怒りに変わり、タカノリの部屋から帰るたびに、心の奥底に少しずつ澱のように積もっていった。

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潤いがなければ、幸せも育たない(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/