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その女が注射器を捨てるまで 第14話

第一章⑬ 希望の種 その2

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


許されない幸せ

「そんなこと言ったってね、あなた。順序を間違えたっていう事実は一生取り消せないんですよ? 本当にわかってるんですか?」

 廊下越しに、険のある母の声があたしの部屋にも届く。

 居間にある電話で、また今日もタカノリを叱りつけているのだろう。今さら言ってみてもどうしようもないことを、今日もまた繰り返しながら。

 いつものようにタカノリは、あたしに電話を替わってくれるよう、母に頼んでいるのだろうけど、会話の様子からすると、たぶん今日もダメだろう。

 結婚しようと誓い合った夜から数日後、あたしたちは二人で産婦人科の門をくぐった。

 念のために受けた再検査でも結果は陽性。白衣の先生に「おめでたです」と言われたときは、うれしさと照れくささで、のぼせたような気分になった。

 今振り返ってみると、この頃が幸せの絶頂期だった。

 出産準備のために、あたしは病院を辞めることにした。

 タカノリも「家庭に入って、しっかり守ってほしい」と言ってくれたので、この点では二人の間に問題はなかった。

 まず、二人でタカノリの両親に挨拶をした。タカノリのお父さんとお母さんは、少なからず驚いてはいたけれど、同時に喜んでもくれた。

 問題はあたしの両親だった。

祝福されない子ども

 父も母も「順番が違う」とか「相談せずになんでも決めてしまうな」とか、あたしたちがなにかを言えば、いちいち反対するような言葉を返して、「ともかく二人の仲は認められない」と言い続けた。

 そんなこと言っても仕方がないのに。

 両親とあたしたちがごちゃごちゃと揉めている間も、お腹の子供は育っているのに。

 そうこうするうちに、つわりが酷くなったので、あたしは両親の返事を待たずに病院を辞めた。

 時間がたっぷりできたので、できるだけタカノリのアパートで過ごしたいと思っていたけれど、父と母がそれを許してくれなかった。

 タカノリは仕事帰りや休日に、あたしとお腹の子の様子を見るために、そして父と母の許しをもらうために、何度も何度もうちに来た。

 そのたびに、両親から激しく責め立てられた。

 母はとくに容赦がなかった。

「ものの順序をわきまえずに、人の娘を傷物にして」というところからはじまり、ときにはタカノリのご両親までも攻撃対象にした。

 あたしは口汚くののしる母も、ののしられるタカノリも見たくなくて、自分の部屋に籠もるようになった。

 そのうち、両親が「話は堂々巡りだし、顔を見たくないから」と、訪れるタカノリを追い返すようになっても、婚約者と会えない寂しさよりも、目先のトラブルに立ち会わずに済むほっとしたような気持ちが先立った。

 タカノリが電話をかけてきても、母は滅多にあたしに取り次がなかった。

 訪問が禁じられ、電話も取り次がれなくなって一カ月、二カ月と時間はどんどん過ぎていった。

 そうこうするうちに、タカノリも腐ってしまったのか、あまり電話をかけてこなくなった。

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幸せの芽が、摘まれていく(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/