>  >  > 第一章⑫ 希望の種 その1
その女が注射器を捨てるまで 第13話

第一章⑫ 希望の種 その1

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


それは突然やってきた

 准看護師の仕事と正看護師になるための勉強で、なんとなく毎日をやり過ごしていたある日、あたしはタカノリと出会った。

 タカノリは、ケガをした友人の付き添いということで、あたしの勤める病院を訪れていた。それだけのことなのに、友達が治療を終えて二人が帰るときには、あたしとタカノリは連絡先を交換し合って、次に会う約束まで交わしていた。

 あたしとタカノリは、あっという間に恋に落ちた。

 タカノリの勤め先は病院に近く、住まいのアパートも市内にあったので、あたしたち二人は毎日のように会った。

 そしてふと気づいて数えてみたら、三カ月もあたしの生理は来ていなかった。

 勇気を出して産婦人科に行くと、「できています」と診断された。あたしはちょうどハタチになっていた。

 病院に行った次の日の夜、タカノリの部屋に行き、妊娠したことを話した。

「あのね......生理が、ずっと来てないんだ......」

 タカノリがどんな反応をするのか、正直恐い気持ちもあった。

「それで病院に行ったら、お医者さんが『できています』って......。ちゃんと病院で検査したから間違いないと思うんだけど......」

 タカノリの部屋の目の前に広がる雑木林から、チリチリと虫の鳴く声がするだけで、近くを走るクルマもなければ隣の部屋の話し声も聞こえなかった。異様なまでの静けさに押しつぶされそうで、ドクドクという自分の鼓動がやけに大きく鼓膜に響いていた。

「だから、お腹に赤ちゃんがいるって」

 打ち明けている間、タカノリは口を挟まず、黙って話を聞いていた。八の字を描く眉毛が戸惑いの表情のように思えて、不安になった。

「オシッコを採って検査して、その結果を見ながら内診もして、それで診断されたから、たぶん間違いないと思うんだ......」

 タカノリが返事をするまでのたった三、四秒が、ものすごく長く感じられた。空気の重さに耐えられなくて、あたしは聞かれてもいないのにしゃべり続けた。

 あたしの言葉が途切れると、タカノリの口が動いた。

 スローモーションのようだった。

「じゃあ結婚しようか」

 あたしはその夜うれしすぎて、タカノリの肩に顔を埋めて、いつまでも泣いた。

 あたたかくて幸せな家庭を作るんだ──

 あたしに新しい夢と希望が見つかった。

ogura_140908.jpg

幸せの予感は、この時確かにあった(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/