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その女が注射器を捨てるまで 第11話

第一章⑩ 箱の中の鳥 その1

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


偽りの自立

 国家試験に合格して、准看護師になると、あたしは寮を出て実家に戻った。

 病院勤務には夜勤が増えたし、正看護師になるための勉強も続行していたので、忙しさはそれまでとさほど変わりはなかったけれど、要領がつかめてきて時間のやりくりもできるようになっていたので、実家からの通いでもこなせると思った。

 仕事中も勉強中も、プライベートでも病院関係者に囲まれていることに、ちょっとした気詰まりを感じはじめていた。

 ホームシックのようなものがあった気もする。

 実家に戻ると、父と母はクルマを買ってくれた。

 運転免許を取ったばかりのあたしには贅沢とも思える新車を、現金一括で。

 病院へ通うには自分の足が必要だろうということで。

 準夜勤や深夜勤で行き帰りの時間が不規則でも、自分で運転すれば電車やバスの始発待ちがなくなり、時間を有効に使えるだろうから、と。

 今にして思うと、あたしはかなり過保護にされていた。

どんなに言葉を重ねても

 准看として働きはじめて数週間後、病院から正式配属が言い渡された。あたしの担当は結核病棟だった。そのときのあたしには、医療の現場で本格的に働ける喜びだけがあった。結核病棟勤務は大変そうではあったけれど、その分やりがいもありそうだった。

 帰宅してその夜、さっそく母に報告した。

「一番やりがいのありそうな病棟だから、お母さんも応援してくれるはず」

 そう思っていたけれど、母の返事は思いもよらないものだった。

 「院長さんに言って換えてもらいなさい!」

信じられないことに、母は結核に対する偏見を持っていた。

「なんならお父さんのつてで頼んでみるかい?」

 喜んで応援してもらえるものと思っていたのに、それなのに母から出てくる言葉は正反対のものばかり。

 希望に満ちて輝く明日からの自分の道が、冒涜されたような気分だった。

「今の医療は進んでるから、昔とは違うんだよ!?」

精一杯の言葉を連ねて、母を説得しようとした。

けれど、母はいつまでも嘘つきを見るような目であたしを見ていた。

「とにかく余計なことだけはしないで! そんな偏見で配置換えなんて申し出たら、病院にいられなくなっちゃうよ!」

 寮生活で多少は独立心が養われたのか、あたしは言いなりにはならなかった。偏見に対して、真剣に反抗できた。

 それでも母は「万が一ってこともあるでしょ?」と、最後まで偏見を解くことはなかった。

 結核病棟で働きはじめてしばらく経ったある日、勤務を終えて家に戻ると、庭先の玄関横に見知らぬ箱が備えつけられていた。

 朝、出勤するときにはなかったものだ。

 三畳くらいの広さに高さは二メートル半くらいと、箱はけっこうな大きさで、側面にはドアがついていた。

 これ......なに?

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私はカゴの中の鳥も同然だった(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/