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その女が注射器を捨てるまで 第8話

第一章⑦ 不完全に自由な世界1

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


自由の風

 看護師という目標を見つけて、ようやくやりたいことに出会えた気がした。

 母に話すと、はじめのうちは反対されたけれど、最終的には「資格仕事で手に職をつけるのは悪いことじゃないし、女でも一生働ける職種だから」と許してくれた。

 久々に母に認めてもらえたのがうれしかった。

 「資格仕事」で「女性でも一生の仕事」というのが教師の母と似ている気もして、それもどことなくうれしかった。

 中学を卒業すると、あたしは看護学校に進学した。学校が家から遠かったのと、授業や実習が忙しかったのがあって、あたしは寮に入った。学校でも寮でも、実習場所の病院でも、あたしは最年少だったので、マスコットのようにかわいがられた。

 先輩はみんなハタチ前後で、同級生も高校を卒業してから入ってきた人ばかり。中卒のあたしには、全員がお姉さんで、ハタチ過ぎの先輩は完全に大人だった。

 はじめて親元を離れて、あたしの毎日は新しいことだらけだった。

 例えば門限。寮にも門限はあったけれど、それは家で決められていた夕方五時とは比べものにならないほど遅くて、あたしにとっては門限がないのも同然だった。

 しかも、先輩や同級生と遊びに出ると、門限までに帰れないことも何度かあり、そんなときは裏門をよじ登って部屋に戻った。

「正面の門だと寮母さんに見つかるかも知れないし、裏門の方がちょっとだけ低いんだよ」

 あっけらかんとやり方を教えてくれる先輩と、それを当たり前のように聞く同級生。

 はじめての夜は、スカートを翻しながら次々と門扉を乗り越えて行く、先輩や友達の白い脚を見上げながら、かなりの衝撃を感じていた。決まり事はとにかく守るもので、破るという発想そのものがなかった従順すぎる当時のあたしには、まさにカルチャーショックだった。

 先輩にはディスコにも連れて行ってもらった。

 はじめてのディスコは、原色のフラッシュライトが炸裂する薄暗い中で、ドスドスと低音がお腹に響く音楽が鳴り響いていて、最初のうちは気持ちが悪かった......けれど、先輩に手を引かれてフロアに出て、見よう見まねで体を揺らすと、吸い込まれるような陶酔感を味わえた。

「次はもっと自由に、思い切り踊れそう」

 その日のあたしは母の目を気にしながら、控えめに体を揺さぶるだけにしていた。

 ......そう、あたしの初ディスコは母親同伴なのだった。

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自由の空気に、あたしは酔った(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/