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その女が注射器を捨てるまで 第7話

第一章⑥ ひとすじの光

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


自分より劣った友達がほしい

 成績が落ちるところまで落ちると、友達には自然と、いわゆる落ちこぼれと呼ばれる子が増えた。

 落ちこぼれの子たちには、はじめから成績をどうにかしようという気はないようで、学校では先生から叱られたり、友達からちょっとだけハブにされたりしても、堂々としていて、いつも楽しそうだった。

 そんな子たちと過ごしていると、どことなく安心感があった。

 ここ数年、味わえなくなっていたリラックスという感覚に浸ることができた。

 かけがえのない友達ができたと思った。でも、一方でこの友達を母には紹介できないという気持ちもあった。

 母に紹介するのは恥ずかしい友達。母には「こんなだらしない子と一緒」とは思われたくないという気持ち......。大切なはずの友達を、そんなふうに見ている自分に気がついて、あたしはさらに自己嫌悪。

 あたしはすごく嫌な子だ。

 勉強はできず、明るくもなく、そのくせ親友を見下している。

 これでは母がイライラするのも仕方ない。

 布団に入ってもなかなか寝つけず、何度も寝返りを打ちながら、何時間でもそう思い続ける夜が増えていった。

母に怒られない進路を、自分の夢だと思い込む

 中学三年生になると、進路を考えなければならなくなった。

 本気で勉強することをやめたあたしの成績では、母に納得してもらえるようないい高校に進むことは不可能だった。

 無理をせずほどほどの高校に入って、自分のレベルに合った勉強をすればいい?

 そうは思えなかった。それでは母が納得しない。

 高校の三年間も中学の三年間を繰り返すように嫌みを言われ続けたり、母の嫌な表情を見続けたりするのは耐えられなかった。

 高校進学で母に喜んでもらえるような結果を出すことはできない。いわゆるいい学校に進むことなんて、今のあたしにはできない。

 どうしたらいいんだろう?

 入れそうな高校と、入ったら母が喜んでくれそうな高校を、思いつくままにリストアップして、両方に属す学校がひとつもないことに落胆した。

 専門学校や就職という選択肢も考えてみたけれど、思いつくものではどれも母の納得を得られそうにはなかった。

「あたしが本当にやりたいことはなに?」

 ある夜、基本に戻って考えた。すると、ひらめくように、ひとつの道が見えた。

「看護師だ」

 小学生の低学年の頃、父に会うため病院に行ったときに優しく接してくれたナースさんたちの、明るい笑顔を思い出していた。患者さんを支えて、患者さんに必要とされる毎日。大変そうだけど生き生きと動き回る姿を思い出していた。

「あたしも看護師になれば、あのナースさんたちみたいに、明るくて必要とされる人になれるかも」

 当時は自覚していなかったけれど、「尊敬する父と同じ分野で働きたい」という気持ちもどこかにあったのかも知れない。看護学校なら、母も納得してくれるだろう。

 やりたいことと、できること、そして母の納得を得られる道という、すべての要素がそこにはあった。

 その夜は、興奮してしまってなかなか寝入ることができなかったけれど、いつもとは違って、それも嫌な気分ではなかった。

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母が納得するものであれば、あたしはそれでよかった(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/