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その女が注射器を捨てるまで 第6話

第一章⑤ 回想その2

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


怒る母より、怒らせるあたしが嫌い

 中学に上がると、成績はさらに酷くなった。

 期待に応えられない自分が嫌いになった。

 いくら勉強しても思うように成績を上げられないダメな自分が嫌になった。

 点数の悪いテストを持ち帰るとキレイな母が豹変して、目を吊り上げて怒鳴った。

 その金切り声が心底嫌だった。

 母はちょっとだけ、むらのある気質だったと、今は思う。

 けれど、子供の頃のあたしには、そんなふうに考えるだけの余裕はなかった。

 優しいときの母は、本当に優しかった。それだけに、ちょっとしたきっかけで怒りだすと、ものすごく恐く見えた。

 家の外にまでギャンギャンと響く金切り声。

 目の下と鼻の脇に深い皺を寄せて怒鳴り散らす表情。

 それは本当に恐ろしく、キレイな母をそんなふうにしてしまう原因を作る自分自身が、ほとほと嫌になった。

 そのうち、あたしは勉強するのをやめた。

もう考えるのは、やめてしまおう

 やってもダメなら、もうやらない。

 いくら勉強をしても、母に喜んでもらえないのだから、勉強する意味はなかった。

 最初はちょっと拗ねていただけ。

 がんばったのに認めてくれない母に対する、あたしなりのちょっとした反抗。

 本当はいつでもすぐに機嫌を直して、母の理想の娘に戻る準備はあった、と思う。

 だから毎日の予習復習をサボるようにはなっても、夕方五時の門限は厳守していたし、ほかの言いつけだってきちっと守り続けていた。

 母が手を差しのべてくれたら、すぐに謝って、がんばって元のいい子に戻るつもりだった。

 でも、母が手を差しのべてくれることはなかった。

 どうして本当の気持ちをわかってくれないの?

 いつでもすぐに和解をして、母の望む「いい子」に戻るつもりだったのに。

 そのために手を差しのべてもらおうと、救援信号を出していたのに......。

 信号を発信するのに疲れて、あたしは自分の殻に閉じこもった。

 同時に一切の勉強をやめると、成績は急降下した。

 それでも返されたテスト用紙はきちんと母に見せていた。

 はじめのうちは悪い点数に怒鳴り声を上げていた母だったけれど、十点とか十五点とかが連続すると、ののしることもなくなった。

「はい、これ、数学の......」

 いつだったか、あたしが赤丸四つで二十点の用紙を差し出すと、

「よくまぁ、こんな点取って恥ずかしくないもんだわね」

 ぼそっとひと言つぶやくだけで、手に取ろうともしなかった。いつの間にか、そんなふうに嫌みなことを言われるのが日常化した。学校の成績のことだけじゃなく、生活全般に渡って嫌みを言われるようになった。

 自分なりにがんばってるのに......。

 でも、あたしは言われっぱなし。

 もっともっとがんばって勉強して、成績を上げればいいのかも知れない。そうするだけで、母が優しいままでいられる時間は長くなるはずだった。けれど、あたしがそれをできないのだから、ほかにどうすることもできなかった。

 あたしがこんなだから、お母さんも優しくなれないんだ。結局ぜんぶ、あたしのせいなんだ......。

 考えれば考えるほどダメな自分を責めてしまって、鬱々としてくるだけだから、この頃からなるべくものを考えないようにする癖をつけていった。

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がんばったって、しかたない(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/