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その女が注射器を捨てるまで 第4話

第一章③ リストカット

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


左手首をカッターで......

 砕けたグラスの破片で、あたしは足の裏も手のひらもザクザクに切ってしまった。

 でも、どうでもいいことだった。

 これからもっと切るのだから。

 興奮状態にあったからか、それとも覚醒剤がまだ効いていたからか、それほど痛くはなかった。ガラス片の少ないところに足を下ろして進み、棚の前で腰を落とした。

 引き出しを開けて、ガサゴソとかき回すように中を探って、カッターナイフを手に取る。

 チキチキと刃を長めに出してから、ちょっとだけぼんやりとした。

 恐かったのかも知れない。

 でも、それは躊躇というほどのものでもなかった。

 右手にカッターを握って、左の手首に刃をすべらせた。

切る、というより裂ける

 ......けれど、上手くは切れなかった。

 皮膚がくにゅくにゅと動いてしまったから。

 ノコギリで切るように、立てた刃を手首の上で何度か行き来させると、皮膚は破けた。

 けれど、血がにじむ程度で、それ以上は筋ばったものに刃が当たってしまって、深く切ることはできなかった。

 なにをやってもダメな自分が嫌になりながら、なんとなく左手にカッターを持ち替えて、右手首を切ってみる。

 今度はぎゅっと握りしめ、押しつけるように一気に力を込めて、切った。

 ピリッとした感覚が右腕を駆け抜けると刃が手首にめり込み、同時に右の腕全体が意思とは別にビクンと小さく跳ねるように動いた。

 今度は切れた。

だんだん、意しきガとおニおいteku,

 切れたところを目の前にかざして、傷がよく見えるように手首を反らせると、皺の一本がパックリと割れて白いものが見えた。

 骨?

 それとも肉?

 見極める間もなく、白い割れ目から血があふれ出した。

 反射的に切り口を手で覆うと、手のひらがヌルッとすべった。

 なま暖かい血液は、濁っていて粘るように濃く、血のついた手のひらを握ると、次に開くのにちょっと力が要るほどだった。

 右の手首からは、その間もどんどん血があふれ出た。

 なま暖かい粘液は腕から脚を伝って床に広がり、そこらじゅうをベタベタと汚した。

「どうして、こんなことに、なっちゃったんだろう」

 遠のく意識の中で、微かにそう思った、ような気がした......。

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(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/