その女が注射器を捨てるまで 第3話

第一章② 償い

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


私を殴る彼と、彼を傷つける私と

 ミツオはもともと、ちょっとお調子者だけど、気さくで明るい人だった。

 それなのに、あたしがシャブを分け与えたばっかりに、注射量を増やして錯乱し、あたしが安心感を与えてあげられなかったから、二人の関係を信じられずに嫉妬と妄想を走らせてしまい、それでおかしくなってしまった。

 ミツオはあたしと出会わなければ、普通の幸せな生活を送っていたかも知れない。

 だから、あたしには彼のすべてを受け止めてあげる責任がある。......そう思い込んでいたあたしも、やっぱりシャブでおかしくなっていたのだろう。

 アリ地獄にハマったように、じりじりと悪化していく毎日。

 それなのに逃げ場のない、あたしたち二人。

 どうしたらいいんだろう?

 嵐のように激しい何度目か暴力のあとで、いつものようにミツオが部屋を飛び出して、荒れた部屋に一人残された私はぼんやりと考えた。

 でも、浮かんでくるのはミツオに優しくしてもらえない悲しさとか、二人の生活がどん詰まりになった憂鬱さとか、それをどうにもできない無力な自分に対する嫌悪感とか、そんな否定的な感情ばかり。

 気分が落ちたところに、覚醒剤が抜けてくるときの怠さが重なって、すべてがどうでもよくなった。

 このときは、いつにも増して。

 そして、壊れた食器の破片とか、蹴散らかされた化粧品とか、破り捨てられた服とかで埋め尽くされた床の上に倒れたまま、あたしはひとつの結論に達した。

「もう死ぬしかないんだ」

 シャブ中にまともな未来なんてあるわけないし......。

 すっかり暗くなった部屋の中、のろのろと立ち上がる。


なにもかもが気怠くなって


 肩とか脇腹とか膝のあたりとか、強く打たれた部分がこわばっていて、体が思うように動かない。時間をかけてゆっくりと、小物をしまっている棚に向かった。

 足を引きずるようにして歩みを進めると、足下でパリンと乾いた音がして、同時に右足が反射的に上がった。

 一拍置いて右足の裏からふくらはぎにかけて、ぞくりと身震いするような──磨りガラスを金属片で擦ったときに神経の芯の方で感じるような嫌な感覚が走った。

 暗い床を見つめていると徐々に、一面に薄いガラスの破片が敷きつめられたように散っているのが見えてきた。

 コレクションしていた四十客のワイングラス。

 かわいいのを見つけては少しずつ買い足していたのが、ことごとく砕けて凶器に変わっていた。

 敷きつめられたガラス片を見下ろしながら、なにも考えずに足の裏を手で払うと、払った指先に紙で切ったときのような冷たくて鋭い痛みが走った。

 払った方の手を目の前にかざすと、中指と薬指の指先がザックリと切れて濁った血があふれていた。

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(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/