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その女が注射器を捨てるまで 第2話 

第一章① 落とし穴

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


彼氏の暴力

 薄暗い部屋で、あたしは電灯も点けずに一人、横たわっていた。

 部屋の中は荒れ果てていた。

 どのくらいの間、倒れていたのだろう。しばらく放心状態で過ごしていると、薄闇に目が慣れて、部屋の惨状が見て取れるようになった。

 押し入れのふすまは蹴破られ、一枚は木枠まで折られて、ほとんど「くの字」になっていた。

 ベニヤ板にビニールクロスを貼っただけの薄い壁は、ところどころべっこりと凹んでいて、ぼんやり眺めていると斜めに一本、白いクロスに黒々とした線が描かれているのがわかった。

 イスの脚が擦れた跡。

 彼氏──一緒に暮らすミツオがリビングのイスを持ち上げて、倒れているあたしに振り下ろしたことを思い出した。

 殴られている最中は逃げるのに精一杯で、なにがなんだかわからなかったのに、壁の一本線を眺めていると、イスの脚が擦れたときに壁のクロスが「ギィーッ」と嫌な音を立てたことまで思い出した。

 べつに思い出したいわけでもないのに。

 その頃、あたしは毎日のように、ミツオに殴られていた。

 強めに数度、頭をはたかれる程度で済むこともあったけれど、口が切れたり目もとやほほに青あざができるほどグーで殴られることもあったし、何度かに一度はあたしの体だけでなく、部屋中をめちゃくちゃにされたりもした。

 そんなときのミツオはたいてい、覚醒剤を射っていた。

 ミツオだけじゃない。殴られるあたしも一緒に射っていた。

 気持ち良くなるから射っていたはずなのに、いつの間にか二人とも、注射をすると妄想に振り回され、強迫観念に支配されるようになった。

 そうなると、ミツオの嫉妬は暴走した。

「おまえ、ほかに男できたろ? あぁっ!?」

 男なんていないんだって、言えば言うほどミツオの疑いは深まった。

「さっき、隣の部屋のヤツと話してたろ。あれ、浮気の相談してたんじゃねぇのか?」

 浮気の検査をしてやると、ミツオは怒鳴りながらあたしの服を剥ぎ取った。

 下着まですべて取り去ると、そのまま畳の上で乱暴に、

した。

 そして、一方的に終えると、そのままミツオは本格的な暴力に移った。

「いかなかったのは浮気して疲れてるからだろ?」

「感じたふりをして俺を騙そうとしたな?」

「あそこからほかの男の臭いがした! やっぱり浮気してたんだな!?」

 ミツオはときにギラギラした目で、ときには泣きながら、あたしを殴った。

 何発も何発も立て続けにお腹を殴られて、息ができずに丸まっていると、背中を蹴られて完全に呼吸が止まったりもした。

 それでも頭を蹴られて意識が飛んだり、次の日に首が痛くなるよりはましだったから、あたしはミツオの気分を害さないように、さり気なく、遠慮がちに頭を守った。

 殴られるのは恐いし、痛いから、嫌だった。

 歯止めの利かなくなってきたミツオとは、正直、別れたいとも思っていた。

 けれど、別れたあとのことを想像すると、踏み切れなかった。

 独りでやっていく自信がなかった。

 寂しさに耐え切れないと思った。

 独りになって毎日、寂しさに苦しむくらいなら、殴るような彼氏でも一緒にいるほうがいいと思った。

 あたしにはミツオのほかに頼れる人はいない。

 あたしのそばにいてくれるのは、ミツオしかいない。

 そう思い込んでいた。

 それと、もうひとつ。

 そのときのあたしには、殴られることでしかミツオに償いをできなかったから。

 今考えるとおかしなことだけど、あのときは殴らせることが償いになるんだって、あたしはまじめに考えていた。

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(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/