〈前回までのあらすじ〉
小田原拘置支所にアカオチしたい武二郎に、横浜刑務所への移送の命令がくだる。これから14日間、この横浜刑務所で考査という名のさまざまな訓練やテストを受け、最終的にどこの刑務所に送られるか決定するのだ。はたして武二郎は再び小田原に帰ってこれるのか!?
にんげんだもの(囚人でもね)
2012年(平成24年)11月☓日
刑務官のなかにもサ、そりゃあ人間味のある良い人もいるよ。
でも、俺はどうしても心を開けない。
できるだけ会話したくない。
そのためなら、たいていの事は我慢するようにしている。
この長い懲役生活でも、オヤジと会話したのなんて数えるほどだ。
それはナゼか?
初犯で務めた東京拘置所の図書工場のオヤジ連中にトラウマがあるからだ。
あの時、「刑務官とはこういうものだ」と俺の頭の中に嫌というほど深くインプットされてしまったからだ。
配食で飯をよそっていれば鍋を覗き込み、鼻をつまんで「なんだこの臭いは! こんなの喰って身体に良いわけねーよな」
おい、俺たちはこれからそれを喰うっていうのに、その言い方はないだろ。
誰かが歌の本を購入したら、それを見つけて呼びつけた。
「何だ、お前はこんな本買って。お前は歌手か? え? 歌手にでもなるのか? 部長―ツ、コイツ歌手になるんだって」
こんなハッツキ※1一時間近くやってる。
何の本買ったっていいじゃねーか。
ただ、自分の気晴らしのために、懲役をバカにしてたんだネ。
さらに、お袋さんから来た手紙を本人の前で開いて読み、
「お前は、これからお袋に差し入れてもらうのは禁止だ。わかったナ!」
そのあとに「それにしてもなんなんだ、お前のお袋の字は」だって。
あんな事言われたら、俺だったら間違いなく飛んだな※2。
信じられないだろうが、まだまだこんなもんじゃないから、のちのち教えてやるよ。
こんな毎日をやってたものだから、刑務官嫌いになっちゃったんだね。
でも時折、オヤジと笑って話をしている懲役を見ると、うらやましい時があるよ。
※1 ハッツキ......べったりマークすること
※2 飛ぶ......急襲すること。