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夢ある人生

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 70歳のお爺さん。志願してシルバー雇用された企業先で未だに役員運転手を務めている。

 このお爺さん、車を運転するのが大好きである。本人曰く「運転出来るから長生きも出来る」との事。その笑顔に屈託は全くない。

 大きな家に住んでいるわけでもない。大金を貯蓄しているわけでもない。大きな出世をしたわけでもない。

 だが、このお爺さんに拗ねた様子は全くない。

 このお爺さんは、実は「世界一過酷なレース」と言われるダカールラリーに日本の民間人(企業スポンサーや企業チームの無い民間チーム)として初出場した人物なのだ。

 オアシスラリー。今で言うダカールラリー。一時はパリダカとかパリダカールラリーとも呼ばれ、その時の名称の方が日本では馴染みが深い。

サハラ砂漠.jpg

世界で2番目に大きい砂漠であるサハラ砂漠の過酷さは、行かずとも想像に難くない

 1978年から始まったラリーレース(ダカールラリーとしては1979年から)。フランスの首都・パリからセネガルの首都・ダカールまでの約1200キロを走り抜ける。

 途中、広大なサハラ砂漠を制覇しなければならない。文字通りの超過酷なレースで、出場チームの半数以上が途中リタイアする事も多い。リタイアならまだしも死亡事故も多い。まさに人類のレース史の中で最も命懸けのレースである。

 むろん順位を争うレースではあるが、そのあまりの過酷さから「完走すれば勝ちである」とさえ言われている。

レース資金を稼ぐため、若者はマグロ船に乗った

 今から約40年前。若者のみならず多くの日本人にとって海外旅行が憧れだったオイルショック直後の日本。サハラ砂漠を走り抜けるラリーレースが近々開催されるらしいという情報を知った車好きの男が3人いた。

 彼らは三度の飯よりも車が好きで、当時、日本よりも進んだ海外のモータースポーツというものに大きな憧れを抱いていた。

 もしできるならば、ラリーというものに出場してみたい。情報では、近々、世界一過酷なラリーレースが新たに開催されるという。

 ラリーとはアスファルトの上を走る競技ではない。道なき道という悪路を走る。

 車の性能とドライバーの腕のすべてが試される。開催予定のラリーはその種目に恥じないほどの「過酷さ」がウリだった。

 それを知った3人はもういてもたってもいられなくなり、この世界一過酷なラリーへの出場を目指して、仕事を辞めた。

 そしてラリー出場の資金を捻出するべく3人は、遠方マグロ漁船に乗った。

 6ヵ月の漁。行きの3ヵ月だけ漁をして、帰りの3カ月は獲る魚がいないから、ひたすら日本の港に船がつくのを待つ。

 日本に戻った彼らには、自動車メーカーの競技部の資金とは比べものにならないほど小さい金額だったが、ラリー出場できる車体を作る金とフランスへ行くだけの旅費が手元にあった。

 その金で、当時、性能ナンバーワンと言われた日産510ブルーバードを購入、砂漠仕様に改造した。