それはある1本の電話から始まった
「×時に××駅まで来てもらっていいですか?」

情報源からの電話、中々興味深い話の持ち掛けだったので、終電後ではあったが出ることにした。曰く〝現代日本犯罪最前線〟。情報源は、生まれ育った故郷を出て、10代半ばから10年間歌舞伎町にいたことがある男。伝説の不良でもないしまったく有名ではないが、当時の経験だけをバックボーンに、現在彼は経営コンサルタントの名刺を持ち小洒落た町をあちこち動き回っている。
思春期といわれる年頃に、ネオンギラギラの90年代の歌舞伎町にいたこと。例えば指名手配犯が闇に溶け込んだ刑事に逮捕される瞬間を見たなどという記憶は、ただ野次馬という立場に過ぎなかったとしても、ひとつの経験として彼を生かしているのかもしれない。
事務机が並んでいるだけの、明日には引き払われる部屋
駅から電話すると、電話でナビされて歩くこと10分弱。そこは住宅街にある賃貸マンションだった。随分ときれいなオフィスだ。無駄なものがなにもない。学校の職員室にありそうなグレーの事務机が数個で、テーブルの上にはクリアファイルが乗っているだけで、本の一冊、パソコン一台置いていない。
聞けば明日には引き払う部屋で、契約、解約に彼が絡んでいるのだという。それでこんなに何もないのかと納得すると、彼は「最初からこの状態だと思いますけどね」と言う。
なんとなく事務机に置かれたクリアファイルを見ていると、そのクリアファイルには「済」と書かれていた。透けて見える中に入った紙を見ていると、名前、住所、電話番号が並んだ表で、そこに一人一人、ボールペンで線が引かれている。貼られた付箋には「高級布団購入者」「高級ミネラルウォーター注文者」と書かれている。