>  > 義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実" 第九回 (上)
第九回 しばき隊のトップは誰だったのか? (上)  

義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実" 第九回 (上)

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第九回 しばき隊のトップは誰だったのか? (上)
 
 人種差別団体『在日特権を許さない市民の会(在特会)』がヘイトスピーチ(差別扇動表現)をおこなうデモをすれば、何処ともなしに現れ直接対峙をする『しばき隊』。人間社会が許してはならない「差別」に立ち向かう正義の集団であったのにも関わらず、世間からは数々の暴力事件をおこない逮捕沙汰まで引き起こす反社会勢力のように見られていく。
 そうしてネットを中心に、しばき隊の内情は真相とは大きくかけ離れて荒唐無稽な都市伝説のように広がっていった。挙句の果てには公平公正なスタンスで的確な情報を流さなければいけないはずのメディアまでもが、好き勝手な想像から出鱈目を発信していたのが実際である。なので、しばき隊の内実は間違って伝わることばかりで、誰が指導的立場にあったかも知られていない。
 私は今回、秘密のベールに包まれていた、しばき隊のトップが誰だったかを書こうと思う。
 
※編集部注......しばき隊とは、差別主義者にカウンターと呼ばれる抗議行動をする『レイシストをしばき隊(2013年解散)』、『男組』、『C.R.A.C.(クラック)』、『OoA(オーオーエイ)』、『憂国我道会』などのいくつかのグループ、そしてどこの集団にも属さないでいる人々の総称である。

 ヘイトスピーチを撒き散らす差別デモをおこなう在特会を止めるため、新大久保コリアンタウンに登場したしばき隊。しばき隊は2013年2月から行動をし、在特会と激しくバトルを展開するようになる。数々の暴力事件、逮捕沙汰まで起こしながらも、結果的には差別デモ、差別街宣の回数を少なくさせ、参加者の激減に追い込んだ。
 しばき隊が暴力集団の汚名を浴びるにつれ、それと比例するようにヘイトスピーチは社会問題化していった。そして、ついに2016年6月にはヘイトスピーチを違法とする「ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)」施行まで実現させたのだ。
 ここまでの功績を出したしばき隊という存在は、カウンターと呼ばれる抗議行動を展開する、いくつかのグループやどこの集団にも属さないでいる人々の総称だ。当然、確固とした組織とは異なり、上下関係はなかった。だが人間が集まれば知らず知らずの内に、指導的立場になる者、追随する者が出てきてしまう。横の繋がりな集団であったしばき隊の中で、いつからか序列のようなものが自然とできてしまった。そうして、指導的立場にある影響力の強い人間の意向が、おのずとしばき隊の方向性に反映されていった。
 その典型がC.R.A.C.(クラック)を立ち上げた野間易通氏であり、しばき隊発生当初のレイシスト(差別主義者)をしばくというシンプルな目的が彼個人の意向から変容していった。秘密保護法反対などの差別と関係ない運動を展開するようになり、悪党でも差別主義者にダメージを与えられれば構わないというスタンスから大きく逸脱する道を歩んでいく。
 レイシストをしばくという1つの目的で集まった問題だらけの連中が、真っ当な政治活動など無理に決まっていた。やがて、しばき隊で指導的立場にあった者たちは、野間易通氏を猛烈に批判するようになる。野間易通氏と、初期のしばき隊で中心的な人物であった金展克氏、芝田晴彦氏、菅野完氏、清義明氏、高橋直輝氏、松沢呉一氏、凛七星氏等の共闘関係は崩れていった。私自身もその1人である。
 在特会の衰退と共に消えていくはずのしばき隊は、かつての仲間同士で批判合戦を繰り広げるようになっていく。そうした様子は外部からすれば、身内で揉めてばかりな暴走した集団に見えたのではないか。しばき隊が厳密なメンバーシップを持たず、絶対的な指導者がいなかったから起きてしまったことである。ヘイトスピーチが社会悪として認知をされ反差別運動が広がっていく中で、しばき隊も大きく分裂していった。
 しかしながら、しばき隊内部が滅茶苦茶な対立状態となる中でどの人間たちからも一目置かれる男がいた。たった1人だけである。決して誇張するわけでなく、アウトロー界隈をはじめとして色々な大物と出会ってきた私でさえも、その男は段違いの人間力を持っていると感じた。
 はっきり言おう。その男は、2013年2月23日に東神奈川駅前で、当時在特会の会長であった桜井誠を、とてつもない巻き舌で怒鳴りつけて叱り飛ばし話題になった人物である。
 だが、その男が本領を発揮するのは、カウンター以上に飲み会だった。カウンター後の飲み会では、立て続けに一気飲み(※ 一気飲みは危険です。絶対に真似をしないでください)が日常茶飯事であった。エンジンがかかると、やかんで日本酒を飲んだり、マッコリのかめにチャミスルをぶち込んで回し合う。そのような頭のおかしい飲み方をしているので、殴り合いを起こす者、嘔吐をする者、救急車で運ばれる者が出たことさえあった。私自身が気付けば警察に囲まれていたり、服が破られたのかビリビリで路上で寝ていたり、どうしてか血まみれになっていたりした。一歩間違えば、私は身を持ち崩していただろう。
 私はしばき隊の中で、その男に可愛がられた方だと思う。ありがたいことに2人だけのサシで飲みに行く機会も多く、最上級のふぐ、寿司、うなぎなどをご馳走して頂いたこともある。キャバクラで豪遊することもしばしばで、私が今まで経験したことがなかったVIPルームなども教えられ、一晩で数百万を溶かしたりもあった。
 当たり前だが、貧乏な私がそんな大金を払えるはずがない。会計を見て震えあがり、持っているだけの有り金を出す。しかし、その男は私の金を受け取らず、いつも笑いながら奢ってくれた。
 挙句の果てには海外旅行まで連れていって貰い、なぜか私は飛行機はファーストクラスに乗り、宿泊先は最高級ホテルのデラックスルームだった。舛添要一元東京都知事さながらの豪華出張ではないか。過ぎ去りしバブル時代の、どこの社長の愛人かというレベルであった。

※下に続く

山口祐二郎
1985年、群馬県生まれ。「全日本憂国者連合会議」議長、「憂国我道会」会長。作家・活動家として活躍。
山口祐二郎公式ツイッター  https://twitter.com/yamaguchiyujiro