>  > 沖田臥竜の日常エッセイ!『茜いろの日々』第15話
小説『死に体』先行発売

沖田臥竜の日常エッセイ!『茜いろの日々』第15話

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

小説『死に体』先行発売


今から12年前の大晦日。この日ばかりは塀の中と言えども、日付の変わる12時まで起きていることが許されており、私は独居房のスピーカーから流れる紅白歌合戦を遠い耳にしながら、小机に向かいただひたすら小説を書き殴っていた。
吐く息は白く、ペンを握る指は霜焼けでパンパンに膨れ上がっていた。唯一の暖は使用が許可された膝掛け毛布のみ。そういう状況で書いていたのが、本日発売された『死に体』の原型となる。

その頃の私は、とにかく本を出すことに執念を滾らせており、人生を逆転させるには小説しかないと本気で考えていた。
もちろん常に現実的な不安はあった。

ー 中学もろくに行ってないようなオレが小説家になんてなれる訳がないやろう。そんな無駄なこと、やめとけやめとけ ー

油断すれば、鎌首をもたげてくる思いをどうにかこうにかやり過ごしながら、それでも書くということを諦めなかった。

これまで数多くあった道を自ら潰していき、諦め続けてきた結果、辿り着いたのが刑務所の独居房である。もう諦める訳にはいかなかった。

ヤクザ社会から足を洗い、周囲に一番聞かれたことは、この先どうして行くのかということだったと思う。
初めのうちこそは、「働きもって作家を目指そうと思う」と口にしていたが、実際、誰もなれる訳がない、と思っていることがひしひしと伝わってきたので、いつしかその想いは余り口にしなくなっていた。
ただ私本人としては、作家になる人脈もコネも一切なかったけれど、『死に体』だけはどうにかしてでも本にだけはしなくちゃならないと思い続けていた。

そうこうしている内に、作家業界の端っこの方になんとか引っかかり、書く仕事を貰えるようになっていった。それでも本命の小説だけは全くで、大手出版社を回っても、こき下ろされ続けるのは、手書きの原稿はまるまる第2章を無くされてしまうはと、悪戦苦闘を常に強いられていた。
それでも諦めるということだけはしなかった。無くされた原稿を書き直し、大手出版社の文芸担当から「これはまだ草稿ですよね」と言われ、違う大手の文芸担当には、くそカスな書評を頂戴しながらも筆を入れ続けた。

当たり前だが、本書と一番付き合いが長いのは他でもない私自身である。それだけに、他の作品と比較した時、勝っていなくとも負けてもいないと思えるまでにはなっていたのだ。

文芸はあくまで価値観や心理状況などで左右され、そこに絶対的な答えというものは存在しない。
それは何も文芸だけでなく、作品というもの全てに言えることなのかもしれないが、面白いという人もいれば、つまらないという人もいるのである。
一番付き合いの長い私が面白いと思えているのだ、必ず陽を見る日はやってくる、と信じ続けていた。

『死に体』は死刑をテーマにした純愛小説と思っていたのだが、改めて読み直してみると、母と子の物語なのかもしれない。
人を殺め殺人者となり、果ては死刑囚となって世の中の人々全てから見放されていってしまう。
それは当たり前だと私は思っている。それだけの罪を犯してきたからこそ、死刑台へとあげられるのである。同情なんてされる権利などどこにもあるはずはないし、あってはならない。

だが、しかし、母と子には是非だけでははかれない絆が存在する。
私自身、過去の過ちをあげればきりがなく、母には私という人間を産み、何度も後悔させ、心底心配させてきてしまったと思う。親の育て方云々の話ではない。全て私が原因だ。そんなバカ息子を母は最後まで見捨てようとしなかった。何度も何度も見捨てようと思っただろうが、最後まで見捨てなかった。
父を獄中で早くに亡くし、親不孝を母一人に背負わせてきてしまった。

何年も何年も書き続けた『死に体』をもし誰かに捧げるとするならば、それは母以外に見当たらない。

何年も何年も刑務所の独居でのたうち回った日々。もし叶うなら、その頃の自分自身に伝えてやりたい。

ーやったぞ!喜べ!死に体が本になったぞ!ー
と。

私のことだ。「ホンマかい!」とは喜ばず、もしかすると「適当な気休め言うとったらあかんぞっ!」と逆上し、踊りかかってくるかもしれないが...笑

いつの間にか、もう夏が始まっている。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』『尼崎の一番星たち』(サイゾー)など。最新作は『死に体』(れんが書房新社)