>  > 義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実" 第八回 (中)
第八回 ネトウヨとしばき隊は同類だ! 荒井禎雄氏インタビュー (中)

義賊か、それとも悪党か。 "しばき隊"とは何だったのか? シリーズ"しばき隊の真実" 第八回 (中)

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第八回 ネトウヨとしばき隊は同類だ! 荒井禎雄氏インタビュー (中)

 2013年2月から新大久保コリアンタウンに颯爽と登場した『しばき隊』。人種差別団体『在日特権を許さない市民の会(在特会)』に立ち向かい、暴力さえも厭わずに身体を張って抗議をすることでヘイトスピーチ(差別扇動表現)を社会問題化させた。そして「ヘイトスピーチ解消法」という法律の施行まで成し遂げた、しばき隊。
 しかし、しばき隊が現れる以前から、在特会などの差別主義者たちに対峙をする者たちは少人数だったが紛れもなく存在した。何事も、誰よりも早く新しい領域を切り開くに至るのは並み外れた勇気が必要だ。後ノリは本当に楽である。
 今回は、しばき隊発生より遥か前からネトウヨ(ネット右翼)の象徴的人物と言われる『日本第一党』最高顧問の瀬戸弘幸氏と激しい闘いを繰り広げ、その後はしばき隊の野間易通氏と激しい論争を展開してきた孤高の男、荒井禎雄氏(1975年生まれ フリーライターとして、表現問題や地域批評、グルメ記事まで幅広く執筆。また、様々なWEBサイトの立ち上げや運営に参加)にインタビューをお願いした。そうして私、山口祐二郎は、東京都板橋区の大山に呼び出されたのであった......。

※注......しばき隊とは、在特会などの人種差別団体に対し、カウンターと呼ばれる抗議行動をする『レイシストをしばき隊(2013年9月解散)』、『男組』、『C.R.A.C.(クラック)』、『OoA(オーオーエイ)』、『憂国我道会』などのいくつかのグループ、そしてどこの集団にも属さないでいる人々の総称である。

荒井 続いてはマナカマナの目の前にある『晩杯屋』という立ち飲み屋でございます。ここは赤羽のいこいという有名な立ち飲み屋から派生した店で、酒もツマミも千ベロの究極と言っていい驚きの低価格。なのに意外と刺身が美味しいという不思議なお店。前にも一緒に来たよねココ。

[晩杯屋]
住所:東京都板橋区大山東町58-5
 肴は100円台、酒は200円台からあり、130~150円辺りがボリュームゾーンという見事な千ベロ系酒場。こんな価格帯なのに魚料理が豊富で、料理数品と酒を頼んでも1,000円に届かない事もザラ。2階にはテーブル席もあり、かなりの大箱というのも使い勝手がいい。

──(山口)はい、瀬戸の大山街宣にカウンターすべきかどうかの話をしました。ちなみに何軒回る気なんですか?

荒井 (無視)注文をしよう。緑茶割りとロールキャベツください。山口君は?

──チューハイとブリ刺しを。

荒井 では本題。瀬戸らネトウヨ団体がどうして東村山に絡み出したかだけど、オレの知人を攻撃してた女性市議は、そもそもお母さんが東村山市議で、選挙のたびにトップ当選するような地元の名士的存在だったのね。でも、そういう人には色々な奴らが寄ってくる。その内の1人に、民主主義を悪用する天才と言うべき、とんでもないヤツがいた。そいつが女性市議(母)のブレーンになって悲劇が始まったの。その悲劇が最初に具現化したのが、日本の選挙制度を揺るがす「議席譲渡事件」という大事件だった。

──議席譲渡事件について解説して頂けたらと思います。

荒井 あれっ、マグロ刺し頼んだっけ?

──頼んでないですよ。

荒井 お姉さん、こっちマグロ頼んでないけど、よかったら貰うよ。伝票付けといて。

で、続き。議席譲渡事件は有名だから、興味があったら調べてみるといいよ。簡単に説明すると、欲をかいて無理矢理に会派の議席数を増やそうとしたって話。1995年に、女性市議(母)とその娘とブレーンの男の3人で東村山市議選に出たの。女性市議と娘は人気が集中して当選したんだけど、票割れを起こして男は次点で落選してしまった。そしたら娘が当選後に「実は私は東村山に住んでいません。議員の資格がありません」と言い出して、後付けで住民票を他の土地に移しやがった。ようは次点で落選した男に議席を譲り、繰上げ当選させようと企んだんだ。娘はまだ若いし、人気もあるし、次回も出馬すれば当選の可能性が大きいから、ここは不人気の男を議員にさせて、何か手柄を立てさせて、次回の選挙で3議席を狙おうとでも考えたんじゃないか。

──そのような事件があったのですね。不勉強で知りませんでした。まさに、票を入れた方々を裏切る行為だと思います。

荒井 当然だよ。人権派を気取っているクセに、民主主義の象徴である選挙の根本の部分を舐めている。でも、当時はそんな事をする奴が現れるなんて想定されていなくて、この議席譲渡事件は延々と揉め続けて最高裁まで争う事になった。お陰で「選挙制度の否定である」と全国区のニュースになってしまったんだ。自業自得かもしれないが、そんなグロテスクな絵を描ける人間をブレーンにしてしまった女性市議は気の毒だったと思う。

その一件でせっかくの名声に傷が付いて、女性市議らを疑う声が挙がり出し、結果的に女性市議はメンタルをやられてしまったんだろう。ついには駅前の店で万引き未遂事件を起こし、その被疑者として警察の取り調べが始まり、書類送検されてしまった。選挙が95年の4月で、この万引き事件は同年の6月に起きた。普通はごめんなさいして弁償でもすれば済む話なんだけど、女性市議とブレーンの男の対応(アリバイ工作や逆ギレ、被害に遭った店への恫喝)があまりに酷すぎて、警察が本気で怒ってしまい、「まだシラを切るようなら起訴する」というところまで行ってしまった。たかだか万引き未遂でそれなんだから、どれほど悪質だったか想像できるよね。そのタイムリミットの前日(次の出頭日の前日)に、女性市議は駅前のビルから飛び降りて自殺したんだ。

そしたらブレーンの男が警察の捜査(転落死の捜査)に全く協力せず、あろう事かマスコミを集めて記者会見を開いて、「女性市議は創価学会に暗殺された」と言い出した。これがコンビニなんかに置いてある陰謀論系のムック本の常連だった「東村山女性市議怪死事件」というデマの始まり。なんで反創価を名乗ったかというと、以前公明党の議員と揉めた事があったから、何かある度にアンチに回ってたってだけ。

──1995年9月に発生した東村山市議転落死事件ですね。瀬戸氏が創価学会の陰謀だと訴えていたのを私も覚えています。荒井さんのおかげで詳しい経緯が分かりました。創価学会の関与が疑われ、政界、宗教界、遺族、マスコミまで巻き込んだ一大騒動に発展しました。

荒井 ブレーンの男は、被害を申し立てた店主のことを創価学会の工作員だと言い出し、警察をも事件のでっち上げに加担した創価工作員だと批判し始めた。最終的には敵が増え過ぎちゃって面倒になったのか、「東村山は創価学会に支配されている」とまで範囲を広げちゃった。すると、冷静に時系列を追えばおかしいとわかる話なのに、創価が嫌われ者過ぎるあまり、こんな幼稚なデマに協力する大物も現れた。その中には現職の国会議員まで居たんだよ。

そこから時間が流れ流れて、2007年頃になって新風副代表時代の瀬戸が参戦してきた。東村山の人達は10年以上もこんなくだらない騒動で迷惑を被っていたのに、最後には「人権派市議が街宣右翼と手を組む」なんていう、笑うに笑えない話になってしまった。

──被害に遭った店や警察からすれば迷惑この上ない話ですね。どうして、陰謀論というか、創価学会のせいにしたかったのでしょうか?

荒井 右翼って大体は創価学会が嫌いじゃない。まあ創価の嫌われっぷりは右翼に限らないけど。でも、創価を批判すれば一定数の支持が得られるから、この件を自分達の運動に利用しようと考えたんじゃないかな。「創価学会」のところを「朝鮮人」や「オタク」なんかに変えれば、今でも同じ事をしている連中がいくらでも見付かるだろう。

──確かに、創価学会に反対をしている右翼団体は多いです。瀬戸氏も元々が右翼団体出身なので、創価学会反対運動を盛り上げたかったのではと考えてしまいますね。

荒井 だと思うよ。瀬戸は手下共を動員し、東村山駅前で街宣するようになる。槇泰智(『政経調査会』代表)、桜井誠(『日本第一党』党首)ら、当時の有名なネトウヨ系団体の連中は殆どが集まってたんじゃないかな。やがて、瀬戸の演説にアテられた参加者らが、女性市議が万引きした店に、創価学会の陰謀だと喚き散らしながら押しかける暴挙にも出た。この時に事態を予見して、前もって店で待機して、たった1人で立ち向かってくれたのが、女性市議が自殺した当時の東村山署の元副署長さん。その方は10年以上もの間、かの連中に罵られながら、退職後も無実の市民を守ろうと必死に戦ってたの。オレにとっては大事な情報源でもあった。

──騒動に巻き込まれた店は本当に気の毒だと思います。被害に遭っているにも関わらず、裁判までされるとか完全にとばっちりですよね。全てを創価学会のせいにする思考回路は、何かと理由をつけて在日コリアンを一括りにして差別をする手法に通ずるものがあると感じます。

荒井 だからオレは右翼系の人間関係を切る事にした。何故ならば、そんな事をしている瀬戸を右翼業界は叱るどころか擁護したから。とある名のある右翼のオジちゃんに「瀬戸を今止めないとマズイですよ」と言ったところ、逆に怒られたの。「瀬戸は新しいやり方を模索してるんだから、お前も右翼者なら様子を見てやれ」って。だから「なら私は右翼人脈を全部捨てます。そもそも私は右翼団体の構成員になったつもりは一度もありません」と決別した。

現在でこそ右翼は在特会を批判するようになったけれども、オレからすれば在特会ごときが調子に乗った要因はお前らプロ右翼にあるだろうと言いたい。今でも右翼は桜井誠は批判したとしても、バリバリの街宣右翼出身の瀬戸らが相手になると何も言わない。素人の桜井誠と、玄人の瀬戸とを区別をして、桜井らをトカゲの尻尾として切っただけなんだよ。本来なら、右翼がいち早く親である瀬戸らを非難しなきゃいけないのに。そんな仲間内のなあなあを見ていて、何のために活動しているんだと思ったよ。お前らの掲げる愛国って何なんだよって。極左を反面教師にして内ゲバを恐れるのは構わないけど、それと仲間内で批判すべきを批判せず慣れ合うのとは違うだろうに。

──おっしゃる通りだと感じます。右翼は在特会に甘かったですし、現在進行形でヘイトスピーチをおこなう瀬戸氏の活動を見過ごしていますよね。私は実際に右翼業界にいて、仲間内の悪い部分を批判しないで自浄作用がないことが駄目だと強く訴えてきました。しばき隊としてカウンターをおこなってきたのも、そうした想いがあったからです。

荒井 でも、それはしばき隊もじゃないか。

──荒井さん的にはしばき隊も仲間内で自浄作用がないように見えましたか?

荒井 仲間内で正直に意見を言い合い、運動をより良くしていき、世間の理解とより多くの支持を得る、結果として守りたい物が守れるという、発展的な姿勢が無さ過ぎる。例えば、野間の言動に明らかにおかしな点があったから意見を言っただけなのに、「野間さんを悪く言うな!」と皆がムキになって総攻撃してくる。オレが悲しかったのは、東村山で一緒に闘った松沢呉一さんもそうだったこと。今は呉一さんはしばき隊と決裂しているけど、ある時期までは明らかに野間を庇いたくてしょうがないって感じに見えたよ。本気で尊敬してたんだよ呉一さんの事は。それでも、そういう事ならばと呉一さんとの人間関係も切った。周囲は共通の知人だらけなのに。今でもあの人の知識量や切れ味は変わらず尊敬しているけど、あの時期に野間のマズさを見抜けなかった点についてだけは軽蔑している。あの時に浴びせかけられた暴言の数々を考えたら、これくらい言ってもいいだろう。

※下に続く

山口祐二郎
1985年、群馬県生まれ。「全日本憂国者連合会議」議長、「憂国我道会」会長。作家・活動家として活躍。
山口祐二郎公式ツイッター  https://twitter.com/yamaguchiyujiro