>  > 新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ービックネームー
ー禁断のタブー事項ー

新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ービックネームー

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ー禁断のタブー事項ー


 誰に紹介されても、何処で誰に出会っても、彼は「文政ですわ」としか挨拶しない。それでほぼ相手にも通じてしまう。
「あぁ、生野の文政さんですか!? これはこれは」といった場面を、私は塀の中で何度となく見てきた。


「尼の沖田ですわ」


「へ? 尼の沖田さん??? はて?」


「ほらっ! 〇〇組の〇〇親分の若い者で! ほらほらほら!!!」


「あ~あ、なんとなく聞いた事あるような、ないような......」
と、必死になって自己紹介しなければならない私などとは、大違いである。
 文政のネームバリューは、さながら裏社会のアイドルである。
 表の社会でも、「長澤まさみです♡」といえば、わざわざ出身地を告げなくとも、相手にちゃんと伝わってしまう。それと、同じことなのである。


 そんな裏社会のアイドルのタブーの中に、同じことを三度言わせてはいけない、というルールがある。
 同じことを三度、彼に言わせると一体どうなるか。
 簡単である。暴れ出すのである。
 たいてい、文政は相手にそのことをちゃんと伝えてくれる。


「二回目やど。ワシに三べん同じこといわすなよ!」
と、丁寧に説明してくれる。
 このモードに突入し、果敢にも三回目を引き寄せてしまうと、ほぼ地獄行きである。無傷では決して帰ってこれない。場所がどこであれ、相手が誰であれ、彼には一切関係ない。とにかく文政の気が済むまで、暴れに暴れ狂ってしまう。
 一応、分別は彼にもあるらしく、女性には直接危害は加えない。だが、持ち物はすべて木っ端微塵にしてしまう。
買ったばかりのテレビであろうが、高級腕時計だろうが、家の窓ガラスであろうが、気持ちよいくらい破壊してくれる。
 しかし男の場合は、そういうわけにはいかない。直接、身体へと暴力が叩きこまれる。


 そのルールを車内で破ってしまったパチキは、運転席から引きずり出され、ボロぞうきんの刑に処されていた。
 そこに、前方からやってきた高級車が事もあろうに、クラクションをパパーンと響かせてしまったのだから、いただけない。
文政はパチキを蹴り上げていた動作を停止させると振り返り、高級車を睨めつけた。


「くおうらっ! 誰にいちびってクラクション浴びせとんねん、おう!」


 言うが早いか、文政はもう高級車に向かっていってしまっている。
 賢明な者ならば、鬼バックである。
だが、この二人は違った。察するに中卒あたりのバカではなかろうか。高校まで出ていれば、迷わずダッシュして逃げていたはずである。
 たかだか、代紋という武器だけで、中卒二人組は車から降りてきてしまった。


「まさくん、さしぶりでんなワシですわ。通れませんよって、道開けてもらえまっか?」


 名はチビ太。チビ太は文政と面識があった。
 面識はあったが常識が足りなかった。
 もしかしたら、ヤクザになったことで錯覚が生まれ、常識を上回ってしまったのかもしれない。
 それとも、一緒に降りてきた筋肉隆々の兄貴分が盾になると踏んだのだろうか。


「おうっ、ひさしいやないけ、くそドチビ。もう一回いうてみ」


「どけゆうとんじゃ!」


 チビ太の横からしゃしゃり出て、隆々が応えた。
 これはいけない。危険な行為だ。イエローカードである。


「まさくん、ワシもまさくんと揉めたありまへんねん、車どけてくれゆうてるだけでんがな」


 ピピーッ! レッドカード。退場である。
 隆々とチビ太の合わせ技で、三度目が成立してしまった。
 文政の眉間にシワが寄る。
 そして、振り返った。
「おいこらっ! パチキ! いつまで昼寝しとんねん! 車からさっさとバール持ってこんかいっ!」


 道の端っこでボロぞうきんと化していたパチキだったが、学習能力が高かったらしく、シャキーンと瞬時に立ちあがると、文政に同じ言葉を繰り返させなかった。素早く車内からバールを取り出すと、文政に差し出した。


「おいおいコラコラコラ、ワシが......」
と言い終わらないうちに、隆々、顔面複雑骨折。
 チビ太猛ダッシュ。
 チビ太は、高校中退だっかもしれない。


 そして、「そうか、この車が悪いねんな!」と言うと、文政はボンネットに飛び上がり、軽くフロントガラスを叩き割ったかと思うと、二度と修復できぬように高級車を全損させてしまった。


 後日、隆々とチビ太の組のしかるべき人間が、文政に電話を入れたのだが、彼は「知らん」と一言応え電話を切ってしまっている。それで、この話は終わってしまったのだった。


 地獄モードの文政に、死んでも声はかけるな、という不文律が誕生した瞬間であった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)