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■第4章無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第42話

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■第4章無間

(13)

 31歳のクリスマスイヴ。オレは裁判所から、真っ赤なリボンにくくられたプレゼントを受け取った。
「あけていい?」キラキラの目をして、裁判官という名の3人のサンタクロースに確かめた。
「ああ、もちろんさ」
 優しく包み込んでくれるような温かな声。
「わーいっ、やったあ!」
 はしゃぐオレ。
 包装紙をめくり終えたオレは、プレゼントの箱を開けた。オレの興奮とは裏腹に、中から出てきたのは、たった1枚の紙切れ。
 そこには、朱い字でー死刑ー。 たった二文字「死刑」とだけ書かれていた。笑えない。まったくもって笑えない。あの日から、3年の月日が流れた。
クリスマスは楽しい日だという。優しくなれる日だとも聞いたことがある。
 確かにそんな過去がオレにもあったような気がするが、もうあまり覚えていない。
 幸か不幸か、まだ空の上から下界を眺めてはいなかったけれど、生きているのか死んでいるのかたまにわからなくなる時がある。
 イヴだというのに、こんな辛気臭い顔をしている男のところに面会へとやって来なければならないロキを見て、オレは憐れみを覚えていた。
 ロキは、最初に、ゆまが来れなくなったので代わりに来た、と言った。
 最近では月に一度来ればいいほうで、たいがいはこうしてゆまの代わりの者が面会へとやってくるようになっていた。
 アクリル板越しのロキの顔を見た瞬間に、何かあるな、ということはわかっていた。良い話ではないということもわかっていた。
 オレの枯れ果ててしまった人生に、良いことなんて残っているはずがない。
「なんや。なんかあったんかいロキ」
オレはたまらずに尋ねた。聞くのがたまらなかった。どんな不幸がロキの口から飛び出してくるのか、身構えずにはおれなかった。だけど、聞かずにもおれなかった。
 死刑と言われた時も言葉にできないほどショックだった。死刑以外、絶対にないとわかってはいても、あらためて法廷で宣言されれば、どれだけショックなものか。あのショックから3年。ロキの口を伝わってやってきた不幸にも動揺せずにはおれなかった。

「ほんまかいっ、それっ、、、」
もしもアクリル板が目の前になければ、オレは茫然とした後、すぐさまロキに掴みかかり、その身体を激しく揺さぶり続けていただろう。
「なんでやねんっ! カタギなる、ゆうてたんとちゃうんかいっ!」
問い質すオレの声は、怒声を帯びていた。
「確かに、そうゆう話もありました。けど、まあ、本家の分裂で、ここんところウチもシノギやらなんやらでヨソとバッティングしたりしてもうてて、段々抜き差しならへん状況まで来てましてん。兄貴にはゆうてまへんでしたけど」
ロキは歯切れ悪く言葉を濁した。
「なんの話しとんねん。それと兄弟がカタギならへんのとなんの関係があんねん。
オッサンかい、、、。オッサンの指示かい、、、オッサンが殺れゆうたんかいっ!」
 ロキは一瞬、オレから視線を外し、会話のやり取りを記載している立会担当に視線を投げた後、再びオレに視線を戻して答えた。
「兄貴、勘弁して下さい。詳しいことはワシも知りませんねん」
「知りませんねんって、勝手に兄弟が走るわけないやろがっ!」
 オレは怒鳴り続けていた。ロキがオレの質問に答えられないことは百も承知だった。「はい」と答えてしまえば、オヤジが教唆で持っていかれることになる。わかってはいたが、聞かずにはおれなかった。
 あの日、龍ちゃんは出所したその足でオレの元へと面会に来てくれた。
 面会室も他に3部屋あるが、確かこの部屋だったと思う。今、ロキが身を沈めているパイプイスに腰掛け、娘のためにカタギになると言っていた。
あの日以来、龍ちゃんとは会っていないので、どういう心変わりがあったのかオレにはわからない。けれど、わかることもあった。カタギになるということが、歳をとればとるだけ難しくなるということだ。
ある者はそれを、もう引き返せないという。ある者は、カタギになるには汚れきってしまっている、という。今、抱えてる地位や名誉を手放してまで、カタギになって何になるのだ、という者もいるだろう。
 ヤクザを辞めるのは、もちろん辞め方にもよるが、世間が思うほど難しいことではない。組によっても、また立場によっても違うだろうが、辞めたいと思っている者が渡世で生きていけるほどオレのいた世界は甘くなかった。
 親分に惚れて、兄貴分に可愛がってもらって、ヤクザが好きで好きでどうしようもない奴でさえ、ここ一番の場面に対峙させられた時、男になれる者などそうざらにはいない。ハナから辞めたい者が、そんな局面に立たされて男を演じきれるわけがない。
 ヤクザをやっていれば、どこかで法に触れている。食うために、生きて行くために、見栄を張るために、どこかで法を犯している。それがよくも悪くもヤクザというものだ。いつお縄にくくられてもおかしくない日々の生活の中で、「辞めたい」と漏らしているような、そんな性根の者と一緒にシノギをかけられるか。事件をうてるか。間違いなくヒネ場(警察)で泣き入れるトップバッターは、そういう奴だ。
 そんな奴に、やれ「人を殺して来い」だの、「ガラスを割って来い」だの「ダンプで一発、派手に突っ込んでこい」だのと命令できるか。
 去る者に対して。ヤクザの業界というのはオレが見てきた限り、生きてきた限りで言えば、淡々としている。辞める時、ケジメとして指をちぎらなければいけない解釈されがちだが、本来それは逆だろう。ヘタをうったがヤクザを辞めたくない、破門や処分を解いて欲しい、組織に復帰したい。だから指をちぎるのだ。
 ただ、組に不義理してトンコした奴。組の金に手をつけてばっくれた奴。組の御法度をおこない組織に迷惑をかけて飛んで行った奴。身内の女に手を出し駆け落ちしていった奴。こういう辞め方をすればもちろん別だ。そうでもない限りヤクザを辞めることは、一般人が想像するよりは難しくないと思う。
 大変なのは、ヤクザを辞めることではない。ヤクザを辞めてからだ。ヤクザを辞めたことがイコールカタギではない。
 今の世の中、ヤクザでもなければカタギでもない、中途半端な不良で溢れかえっている。それが特殊詐欺といった犯罪に繋がっているのではないだろうか。オレ自身がそうだ。ヤクザの世界からはみ出し、ヤクザでもなければカタギでもない。中途半端な犯罪者というカテゴリーですらからも脱落してしまった死刑囚だ。人間であることさえもが罪になっている。そんなオレからすれば、ヤクザにもなれず、カタギにもなれない中途半端な奴でさえ、人間として上等だ。
 ヤクザをやっていれば、必ずどこかで誰かを泣かしている。それは親かもしれないし、女かもしれないし、子供かもしれないし、友人かもしれない。
 名を売れば売るだけ、銭をつかめばつかむだけ、恨みだって買っている。憎んでいる奴だっている。我がが手にした銭のおかげで、人の人生を路頭に迷わせた奴もいる。そういう怨念や屍の上に立っているのがヤクザだ。
 ヤクザという肩書きを外してしまった途端に、落ちぶれていった者をオレは何人も知っている。オレだけではない。この業界で飯を食っていれば、必ずそういう元ヤクザの成れの果てをみんな見聞きしてきている。
 皆、ああなりたくないと、必死に代紋にしがみついて生きているのだ。
 男の値打ちは肩書きではない、と言える世の中は立派だ。だけど綺麗事でもある。
 ヤクザを辞めた瞬間に、目に見えた制裁は受けなくても、命を狙われなくても、これまで親友と思っていた奴に思いっきり掌を返され、これまで見下してきた奴に見下され、誰にも相手にされなくなって生きて行く者の気持ちほど、惨めなものはない。
 人から組長だの親分だの日本一だのと呼ばれ、一時の栄光を築き上げた人なら尚更惨めだと思う。
 自分がカス以下だと思っていた相手に見下されることの辛さは、誇りが高ければ高いだけ屈辱に感じるだろう。
 若ければまだツブシもきく。しかし、何の取り柄もない、才能もない、極道一筋に生きてきた30過ぎのオッサンが、そうたやすくヤクザから足を洗ってなんなくカタギに転職できるほどシャバの風は優しくない。
 龍ちゃんもそうした葛藤の中で戦っていたのだろう。そして辞めるタイミングを外し、チャカを握り締めるハメになったのだろう。
 そしてターゲットのタマを上げて男を上げることなく、相手のスワットから返り討ちにされてしまい、向こうの男の男を上げてしまったのだろう。
 よくある話だ。
 ただお鉢が回ってきただけのことだ。何かを言えば愚痴になるのは、死んだ龍ちゃんが一番わかっていたはずだ。
 オレは駆け上がっていた血がスーッと下がって行くのを感じながら、どうしようもないやる瀬なさに襲われていた。
「ロキ、、、」

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)