>  > 新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ー懲役太郎ー
「尼ですわー」

新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ー懲役太郎ー

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「尼ですわー」


 地元は何処かと尋ねられると、尼崎の住民は「兵庫です」とは答えず、決まって「尼ですわ!」と返すのだが、たいがいはそれで相手に通じてしまう特異性のある街、それが尼崎なのである。
 その尼崎にあって、非常に上品な地域が塚口という場所だ。
 私の地元だ。異論はきかぬ。


 そんな塚口で一番古い同級生、英樹と英樹の奥さんが経営しているカフェで紅茶なんかを飲んじゃったりしてる時の話だ。


「そう言えばあれやな、オレらの歳って中学卒業してから全員シャバで揃ったことないでな」
とサンドイッチを頬張りながら、こんな事を英樹が言い出した。


「そうやったっけっ」とのんびり答えながら思い返してみると、確かにそうである。


 中学二年で少年院の扉を叩いた悪友を皮切りに、誰かが必ず塀の外へと落ちていた。唯一、顔を揃えたのが中学の卒業式くらいではなかったか。
 そしてぶっちぎりで私の在監歴がトップに君臨していたのであるが、ついにその座を奪う猛者が登場してしまった。


「太郎は今度いつ帰ってくるんやろな~」


 綺麗にサンドイッチを食べ終えた英樹が呟くのに対して、私は太郎の事を思い出しながら
「知らん。平成が終わるまでには帰ってくるんちゃうん」と答え、残りの紅茶を一気に飲み干したのであった。


 太郎。名字は懲役。もちろん通称名であるのだが、ヤツほど懲役太郎の称号が似合う男もそうはいまい。
 前刑の務めまで、私は何かと太郎の世話を焼いた。太郎の出所にはもちろん迎えに行ったし、受刑中もずっと手紙のやり取りや差し入れを続けていた。
 元々は太郎も私と同じ組織でヤクザをやっていて、前々刑に出所した時などは、本部の直参に上がっていた私に対して「沖ちゃん、組名乗りしいや。オレが沖ちゃん立てて盛り上げるから!」と言ってたくらいなので、一応太郎なりに私には感謝していたと思う。
 でも私は全く太郎の事をアテにしてなかったので「オレはそんな器やないで。それより太郎もこの際、カタギになって真面目にやったらどないや」と言ったのだが、太郎には全く意味が通じていなかった。


「そうやな、コシャ(小さい)な事やめて、キロでシャブをさばいて大儲けでもせなあかんわなっ」
とそんなツテもないのに、鼻息ばかり荒くするのである。


 それでも私は懲りずに太郎の職探しにお節介を焼き続けた。
 だがことごとく続かない。というか当日の朝になると連絡がつかなくなるのだ。
 そして夕方になるとひょっこり電話をかけてきて


「ごめんな。沖ちゃんの顔潰して。ピンハネしそこなってもうたな~」
と言うのである。


 確かに私はしがないヤクザであった。ヤクザで大金をつかんだ事もない。だけど同級生に仕事を紹介したからといって、それを跳ねる程、落ちぶれてはいない。
 そういう事が何度か続いていい加減、頭に来た私は、そうか、裏社会で生きるんやな、となり、どうせ闇に生きるんやったらメジャーに生きさらせ!と"名監督"に連絡を入れる事にしたのであった。


「ふむふむ、それはあれやど、踏み込む時のフォームがあかんのや! それさえ修正すればデッドボールくらいは狙える」


 事情をきいた"名監督"はそう言って電話を切ると、十分足らずでやってきてしまった。


 そう、文政である。


 最初、太郎は文政を見て、まるでジャニーズファンの女性陣が嵐にでもあったかのようにキャッキャッ、キャッキャッと喜んだ。確かに文政は裏社会に生息する住民にとってアイドルだ。
 草野球チームの補欠の太郎がはしゃぐのもムリはない。
 私は、はしゃぐ太郎を見送りながら、立派にしてもらえよと呟くと、そっと肩の荷をおろしたのだった。
 おろしたつもりであった。だが決してそうはならなかった。


 一時間後。
「沖ちゃん! 住む世界が違いすぎるわ~!」
 太郎からの着信。


 私は呆れ返りながら、太郎を迎えに行ったのであった。
 文政はというと「みなーっ!」とドスをきかせてサイコロを転がし、すっかり太郎の存在を忘れてきってしまっていたのだった。


 そして一ヶ月後、太郎は社会見学を済ませると我が家へと帰って行ってしまった。


「もうオレもコシャな事はやめて、今度出たらキロでさばいて大儲けでもするわっ!」


 留置場の面会室。アクリル板の向こうでまくし立てる太郎を見ながら、私は「そうなん。頑張りや」と答え面会室を後にしたのであった。


 それ以降、太郎とは会っていない。六度目となる懲役を何処で務めているかも知らない。
 でも、もしかしたら太郎にとって、シャバよりも塀の中の方が実は住みよいのではないか、と最近になって思うようになってきた。


「住む世界が違いすぎるわ~!」


 太郎がいる限り、シャバで私たち同級生が全員揃うことは多分叶わないであろう。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)