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工場担当マリオ

新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ー大阪刑務所異常なしー

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工場担当マリオ

 私は、警察官も刑務官も大嫌いである。
 だが、文政と同じ釜のメシを食べあった大阪刑務所受刑中に、私も文政も心を許せた刑務官が1人だけ存在した(もちろん、その刑務官にも文政はタメ口であったのだが)。


 その刑務官の名はマリオ。
 マリオは、背が低く鼻に特徴があることから私が名付けたのであるが、このマリオと私たちはなぜか妙に馬があった。
 マリオは頭脳が非常に抜きん出ており、日本語を含めると5ヶ国を堪能に操れた。
 そのせいか、マリオが工場担当をしていた2年間は、さまざまな国の受刑者が工場に配役されてきていた。
 私の出所3ヶ月前。私に踊りかかってきた者がいたことから、私の加勢で14人がそのケンカに加わってしまい、結果15対3の舎のケンカとなり、保護房へと吸い込まれてしまった時、半日で私を出してもらえるように上に掛け合ってくれたのも彼であった。


 そんな人情味あるマリオだったが、いったん頭に血を昇らせてしまうと、担当台から赤いハンドマイクで怒鳴り散らし、手に負えなくなってしまう。
 私も彼と何度となく衝突したが、一度も懲罰へと落とされたことはない。懐はかなり深かったと思う。
 文政に対しては、懐うんぬんよりも、治外法権的な存在として扱いを間違わないように心掛けているようだった。なにしろ頭脳明晰な男なのである。


 そんな彼が一時期、荒れに荒れた時期があった。
 ささいなことでも怒鳴り散らし、私には幾分ましとはいえ、その時期だけは、やたらと懲役たちに当たり散らしはじめたのだ。
 それが、とうとう極限まで達してしまい、懲役たちにも限界が来ていた。
 なかには、事件送致覚悟でマリオをゆわしてしまう、という者たちまで出てきており、工場にいた舎弟たちからも「兄貴、もう止めれまへんで」と言われていた。


 普通であれば、好きにすればいいとなるところだが、私とマリオの間にはある種の信頼関係があったので、黙って見過ごすこともできず、私はそっとマリオに話しかけることにしたのだった。
「親父、なんかあったんですか?」
 私の声かけに、一瞬怪訝そうな色を浮かべたマリオだったが、本人にも思い当たるフシがあったらしく、すぐにその表情は暗く沈んだものに変わっていった。
「スマン、沖田。他の奴らが騒いどんのやろ。ワシもわかっとんねん。お前らに怒りすぎてんのはわかっとんねん。わかっとんねんけど、どうしてもな......スマン」
「どないしましてん」
 私は、いつになく弱気なマリオに、柔らかな口調で尋ねた。
「他の奴らに言わんとってくれよ。ワシの親父が倒れてもうてな」
 マリオの表情はみるみるうちに曇り、やがては今にも泣き出してしまいそうな顔になっていき、この受刑中に父親を亡くしていた私も、思わずもらい泣きしてしまいそうになってしまった。


 マリオと別れた私は、その日の運動時間に、工場の主だった懲役たちを集めて頭を下げた。
「申し訳ないけど、オレの顔に免じて、もう少しだけ辛抱して欲しい」
 納得いってなかった者も中にはいたと思う。だが「兄弟がこうゆうとんねんから、待ったらんかい!」という文政の言葉で、どうにかまわりも了承してくれたのだった。


 それから数日後、マリオのお父さんの容態も無事回復に向かっていったようで、いつものマリオらしさを取り戻していったのだった。


 そして、その後、2年の工場担当を無事務め終えたマリオは事務畑で出世していき、私が出所を迎えた時には官服の袖に金色の線を巻いていた。
 今頃はどこかの刑務所で、若くして所長を務めているのではないか、とふと彼のことを思い出す。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)