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呪いのカンタ

新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ー尼崎極道炎上篇ー

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呪いのカンタ


 世の中には、決して手に負えない凶暴なヤツが存在する。どうにも使い道のないヤツも実在する。そういった者たちに対する一般的な対処方法は、関わり合いになることを避ける、もしくは、関わらないように暮らしていく、だろう。
 だが、文政の場合はまったく違う。自ら関わりたがり、その者たちが持つ負の部分を見事に再生してしまうのだ。
 人は、それを文政再生工場と呼ぶ。
 まず、手に負えない乱暴者タイプは、簡単である。30分もあればアラ不思議。あれだけ乱暴だった人間が、人様のいうことをよく聞くようになってしまうのだ。
 それを文政は、「腕や!」と豪語しているが、単に力で言うことを聞かしているだけである。
 次にクソの役にも立たない者の場合はどうなのか。これも容易い。役に立つミッションに就かせてもらえるのだ。
 たとえばそれは、車のフロントガラスをブロックで叩き割る係だったり、文政の身体を彼が「ヨシ!」と言うまで揉み続ける専属マッサージ師だったりと、多種多様である。
 ただ一つ残念なことは、それらを取得して文政から免許皆伝をいただけたとしても、1円の賃金も生みださないところがネックなのだが......。
 だけど、そんな文政再生工場ですら、とうとうカン太だけは、再生しきれなかった。というわけで、今回は文政の采配をもってしても復活できなかった未完の大器、カン太の物語である。
 カン太は、私が当時抱えていたリーサルウェポンの一人、ホワイトブッチャーがどこからか拾って来て、私に押しつけてきた男だった。
 歳は、20代半ば。使いようによっては、何にでも使える年頃である。外見も、人様より少し顔が長いのをのぞけば、そこまでおかしくはない。逆に時折見せる眼光の鋭さが、ただ者ではない雰囲気を醸し出してしまったりしている。なんのことはない、ただの思わせぶりなだけなのだが......。
 このカン太、私レベルの凡人だと、スケールが違い過ぎてコミニケーションがとれないのだ。
 私がひとり酒盃を傾けているところに、ホワイトブッチャーが大きな身体を揺らしながら入ってきたのは、ある年のゴールデンウィーク明けのことだった。
「兄貴! コイツ、カン太いいまんねんけど、ワシの知り合いが懲役で一緒でしてん! そいつに『刑務所出たら、ワシを頼れ』言われたらしくて、昨日ワシとこに来よりましてんけど、どうしてもヤクザやりたい言うてきかしまへんねん! 兄貴、部屋住みからでよろしいでっさかい、兄貴の若い者にしてやってくんなはれ!
 おいっ!兄貴に挨拶せんかいっ!」
 ブッチャーの声が異常にデカイのはいつものことであり、この間、私がウンとスンとも声を発していないのもいつものことだった。
 カン太は鋭い目付きで当たりを見渡しながら、ブッチャーの横で私に向かい頭を下げた。
「カン太です! ヤクザやります!」
 初対面のカン太の挨拶に一抹の不安を覚えた私は、その挨拶には応えず、ブッチャーを見た。
「とりあえず彼も懲役帰ってきたばかりやとゆうし、オレとこに置くよりも、ブッチャーのとこに置いてボチボチやらしたらどないや......ということでオレ行くわ」と腰を浮かしかけると、2人は私の前に立ちふさがって、通せんぼした。
「あきまへん!!」「ヤクザやりたいですっ!!」
 同時だった。私の行く手をふさぐ2人の声が重なったのは、見事に同時だった。
 このあたりで、芽生えかけていた一抹の不安は確信へと変わりつつあった。
「ワシは、兄貴に内緒にしてるシノギもようさんありますよって、あきまへんねん!」
 内緒になっていないではないか、と思っていると、ブッチャーはカン太に向かい「しっかりやれよ!」と言うや否や、そそくさと店内を後にしていったのだった。
 取り残された私とカン太。
 2人の視線が絡み合う。
 気のせいだったのだろうか、一瞬、カン太の表情がニヤリとしたように感じたのは。
 そこからが大変だった。つい先ほどまで「ヤクザやりたいですっ!」と言っていたカン太が、どこでどう履き違えたのか「ヤクザです!」と連呼し始めたのだ。
 その後も「ヤクザです!」を連呼させるカン太をなだめすかし、ようやくカン太を帰らせることに成功したまではよかったが、ここで私は初歩的な凡ミスを犯してしまった。
 用事あったら電話するから、とにかく帰ってくれ!とお願いした時に、よせばいいのに携帯の電話番号を交換してしまったのだ。
 カン太と別れて30分後、私の携帯電話がけたたましい音をあげた。
 ......なぜだろうか。同じ音量のはずなのに、決まって嫌なことを知らせてくる時の電話の音は、なぜかけたたましく聞こえてしまう。
 電話の相手は、先ほど別れたばかりのカン太だった。
「カン太です! ヤクザのカン太です!」
 心底うんざりしながら、私は尋ねた。
「どないしてん」
 すると、カン太は「お袋に変わりますっ!」と言い、変わりますっ、と言われても......と思う間もなく、電話口にカン太のお袋さんが出たのだった。
「親分......親分......どうか、どうか、カン太に......カン太に足を洗わせてくださいっ!」
 涙まじりのお袋さんの声。その後ろからは「お袋、もう今更ヤクザやめれんねん! わかってくれや~!!」と泣き叫ぶカン太の声も聞こえてきた。
 その後、同様の電話がカン太──カン太父──カン太──カン太兄の順番で朝まで続けられた。
 どうやら、とんでもない者に取り憑かれてしまったことを悟った私は、文政に電話して事の顛末を伝えた。
「まかしとかんかいっ兄弟! 文政再生工場で再生させたろやないかい!」
 無事、カン太の出社が決まり、私の厄払いは無事に終わったようだった。
 どんなヤツでも任務を強制的に押し付けられ、世の中に不利益だけを与え続けてきた実績のある文政再生工場なら、さすがのカン太ファミリーとて敵わないだろう。
 まずカン太に与えられたミッションは、文政が乗るベンツの通行を妨げたBMWへのお仕置きであった。
 どちらかというと、通行を妨げたのは逆走していた文政のベンツのほうだったのだが、無論そんなことは関係ない。彼が「邪魔」と言えば、邪魔なのだ。
 カン太は颯爽とベンツから飛び降りたかと思うとまずズッコケ、どうにか起き上がると、握りしめていた角材をボンネットに叩きつけた。
 角材を叩きつけられたボンネットには、蜘蛛の巣のような亀裂が走った──りはしなかった。角材を持つカン太の手が痺れ、うずくまっただけだった。
 そして、すぐに次なるミッションがカン太に与えらる。
 闇討ちである。
 そろそろ、肩揉み係あたりに部署変更したほうがよさそうなのだが、その時に限ってはよほど人手が足りなかったのだろうか。
 結果、ネコパンチを放ったカン太が、逆にターゲットに鼻をへし折られるという惨事に見舞われ、結局ステゴロキング・バッテツが登場するハメになってしまったところで、さすがの文政もようやく配置替えを決断した。荒事の苦手なカン太をまっちゃんの助手として起用したのだった。
 そして、私の携帯電話が再びけたたましく唸りをあげた。
「兄弟、あんなもん使い者になるかいっ! まつのガードさせとったら、人ン家の2階の屋根に登って、ウロウロしくさったらしいど!」
 車上荒らしのスペシャリストまっちゃんの仕事中、近くに不審な人物 (本来の車の持ち主ともいう)が来ないか見張っているよう命じられたカン太は、なぜか民家の屋根の上によじ登り、あたり一帯を見回していたという。
 その後、カン太の消息は聞かないが、どこか懐の深い組織で念願のヤクザになれたのであろうか。
 その男の名はカン太。優秀な実績を誇った文政再生工場に、唯一の汚点を残した男だった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)