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~超大物組長の入所にとられた処遇~

新装改訂版『尼崎の一番星たち』外伝!絶讃発売中!ー尼崎極道炎上篇ー

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~超大物組長の入所にとられた処遇~



 ミシンをダダダダダッッッと踏む音と、文政が鳴らす口笛のハーモニー。ここのところ揉め事もなく、工場内は春の穏やかな陽気に包まれていた。
「沖田! 担当台!」
 その静寂を破るように、担当台に立つマリオが自前の赤色のハンドマイクで叫んだ。
 私は「は~いっ!」と右手をのんびり上げて、担当台へと向かった。
 工場は平和。イコール後ろめたい事がまったくない。これが不穏な空気を醸し出している時は、こんなのんきに担当台へと向かえやしない。処遇へと引っ張られる可能性があるからだ。
 文政の横を通り過ぎると、口笛からいつの間にかコブクロの熱唱に変わっている。
「うおおおおっっっ!!!」
 すこぶるビブラートがきかされていた。
 担当台までたどり着くと、マリオはひょいと担当台から飛び降り、声を抑えて口を開いた。
「他のもんにいうたらあかんぞ。お前んとこの親分が昨日、ここに移送されてきたど」
「うそっ!!」
 思わず驚きの声を上げてしまった。
「あほっ! 声がでかいっ!」
 確かに親分が逮捕されて実刑の判決を受けていたのは、中まで伝わってきていた。
 でも、まさか私たちが収容されている大阪刑務所に移送されてこようとは想像もしていなかったのだ。
「あっ、すんません。で、親分は今、新入考査にいてはるんですか?」
 マリオが首を振る。
「いや新入考査も免除で所長が昼夜独居処遇にする決定を出したから、工場の配役もムリや。今、一舎の独居にいてるわ」
 通常、刑務所に入所してくると新入考査といった訓練や適性検査を受けて、その結果どの工場へ配役されるかを決められるのだが、親分は山口組のプラチナ(直参組長)である。所長も他の懲役の影響力を考慮して、同衆と顔を合わせることのないように昼夜独居の判断をしたのだ。
「なんとか親父の力で、自分らの工場におろしてもらう事できませんの?」
 マリオは頭を振り、こう言った。
「所長の決定やからムリや。それにワシでも、あのクラスの人をよう扱えられん」
 確かに刑務官といえども人間だ。親分には注意ひとつするにも気をつかうだろう。私は、がっかりしながら、担当台を後にしたのだった。
「兄弟、どないしてん。離婚届でも届いたんかい?」
 肩を落として役席へと戻る私に、文政が声をかけてきた。彼の場合、他の受刑者のように刑務官に見つかるのを恐れて小声で話しかけるような野暮はしない。
「ちゃうがな。て言うか入籍もしてへんがな」
「ほなら、どないしてん?」
「ウチの親分が大刑に移送されてきはったらしいねんけど、工場にはおろされへんのやて」
「なに! 親分がか!」
 マリオを含め、工場内の全受刑者が大声を出して立ち上がった文政を見た。文句なしの無断離席である。
「よっしゃ! ワシに任したらんかいっ!」
そう言うと、担当台のマリオへ向かい、歩き始めてしまった。文政でなければ、即刻、警備隊を呼ばれ懲罰房へと吸い込まれるところだが、彼は治外法権である。誰も咎める者はいない。
 文政はマリオの前までたどり着くと、オーバリアクションを交えながら、ツバを飛ばし熱弁をふるっている。数分後、仏頂面した文政が役席へと戻ってきた。
「なっ、ムリやったやろ?」
彼に尋ねた。
「ワシが工場に配役してもうてるだけでも、奇跡と思えとか抜かしよんねん。しゃあない、マリオじゃ話しならんから所長に家族団欒したろかいっ」
 それを言うなら直談判である。文政なら本当にやりかねないので、私は丁寧に辞退したのであった。それでも諦めきれなかった私は事あるごとにマリオに掛け合った。
 だが、マリオが首を縦に振ることはなかった。ただ、マリオはこんな事を口にしだしたのだ。
「流石は親分て呼ばれる人だけあるって、刑務官の中でも噂なってるぞ。ワシもいっぺん一舎まで見にいったんやけど、姿勢をピンと正して黙々と室内作業をしてはったわ」
 この評判は次第に大きくなり、いつしか刑務官のほうが親分に敬意を払うようになっていったのであった。そして、私より一足先に社会の人なられた親分の出所を一斉に週刊誌が取り上げたのだった。
 親分の出所から一カ月後、私もシャバに復帰することになった。
「懲役の間はおおきにな」
 本部へと出所の挨拶に向かった際に親分が一番、最初にかけてくれたのがこの言葉である。ちゃんとマリオが、私がどうにかしようと働きかけてた事を親分にそっと伝えてくれていたのである。
──あのおっさんも、粋なことしよるやないか──
 そう思いながら、またその日から渡世に励んだのであった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)