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怒涛の暴排条例~冷えた渡世で触れた人情~

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怒涛の暴排条例~冷えた渡世で触れた人情~


「ワシは自他ともに、それどころかサツまで認めとる治外法権やから、暴排(暴力団排除条例)もクソも関係あらへんけど、兄弟はこれからシノギかけにくなるど」
 シャバで席巻している暴排条例の噂は、当時、私や文政が暮らしていた大阪刑務所にまで轟いていた。
 施行された暴排条例にかかると、現役の人間は通帳も作れないし、賃貸契約を結んだだけで逮捕されてしまうという話だった。
「そんなもん、プラチナ(直系組長)クラスの話やろう。オレらみたいな渡世におるか、おらんか、分からんようなもんは対象外や。関係あらへん」
 このころは、確かにそう思っていた。自分は大丈夫だとタカをくくっていた。すべてのヤクザを対象にしている条例だというのに......。
 今から思えば、ムショボケを患っていたのであろうか。
 暴排の煽りをまず痛感したのは、放免祝いだった。もとより放免祝いは、暴対法の改正時に禁じられていた。直接、規制の対象になっていたのは、組織から服役した組員へのご褒美(賞揚や慰労の目的で金品等の供与)だったが、どんな法律に抜け穴があるもので、激励会や食事会と名を変えつつ、しっかりと生き残りはしていた。
 だが、暴排の影響がモロに出たのは、包まれる金額だ。私が刑務所に行く前は、「あいつは銭グッスラ持っている」と言われていた者たちまでもが「(景気やシノギが)冷え切ってる」と口にしており、微々たる祝儀しか包んでくれなかった。
 シャバでの経過とともに、その理由──暴排条例──が、ヤクザをがんじがらめにしている様を、私は痛感していくことになる。
 出所後、私はすぐに三次団体若頭と兼任という形で二次団体の直参に昇格した。しばらくすると、兼任も解かれ二次団体の直参に専任、さらには組長付に選ばれ、そして二次団体の執行部の一員となった。
 こうして肩書きが上がれば上がるほど、暴排条例が及ぼす影響力は大きくなっていく。
 飲食店を経営しようにも、ヤクザをオーナーと登記すれば八百屋や魚屋、酒屋との取引は暴排条例違反になりかねない。私の場合、店を任していたのだが、任した人間がイベントで酒屋にサービスを願い出れば、恐喝にあたると何故か私がしょっぴかれた。まったくシノギをかけられないのだ。
 しかも、何年も前に飛んだ私の若い衆のことで、当局から徹底的にガサをかけられ、「何がなんでも再びブチ込んでやる」と宣言されていた。そこから2年間にわたって内偵捜査が続けられ、捜査員に張り付かれたりもしていた。
「もう、ヤクザで生きていくのはムリかもしれんわ、兄弟」
 再びシャバに別れを告げた文政に、私は大阪拘置所の面会室で愚痴をこぼしていた。
「どうや! ワシゆうたやろが大刑(大阪刑務所)務めてる時に、これからシノギをかけられんようになるどって。覚えとるか兄弟。ワシには先生の目があるんや」
 えらくご悦満の様子の文政であったが、それを言うなら先見の明である。
「ま、兄弟、冷え切った顔しとらんと、元気出して大好きな当番でも入っとかんかいな」
 当番なんてこれっぽっちも好きではなかったが、しょっちゅう事務所にいた私を見て、当番が好きなのだと誤解しているようであった。
 それでも日々の組事に忙殺される毎日を送っていた。そんなある日、無理が祟ったのか、私は体調を崩して病院へと担ぎこまれてしまった。
 幸いにも大事には至らずに済み、点滴だけでどうにか回復できると告げられ、私はベッドに横たわって点滴を受けていた。
 その時だった。何だか病院内が騒がしいと感じていると親分の声が聞こえたのだ。
 私が病院へと担ぎ込まれたのを聞いた親分は、着の身着のまま運転手も付けずに病院へと飛んで来てくれたのだった。
 病室に入ってきた親分は、私が起き上がろうとするのを制した。
「かまわへん! かまわへん! そのままにしとけっ!」
 そう言ってから、居合わせた医師に私の病状の説明を受けると、心底ホッとした表情を浮かべた。
「ホンマに良かった、大事に至らんで」
 その時の親分の表情が私の気持ちを変えた。
 シノギがかけられないとか、ヤクザがどうこうとか、もうすべてどうでもよい。私はこの人に寂しい想いだけはさせられない。
 ここまで心配してくれているのだ、この人が渡世を歩み続ける以上は、私は石にかじりついてでも付いて行こうと決心したのだった。
 その後、容態は順調に回復していき、私は一線に復帰を果たしたのだった。
 そして、この出来事を記し、塀の中の文政に便りした。すると、彼からの返信には、このような事が綴られていた。
《やっぱり親分いうのは、凄いの。たった一つの場面で若い衆の気持ちを掴み、生かすねんからの。
正直ゆうてワシは、そないにグチグチゆうのやったら、ヤクザなんぞ辞めてまえ思とったんや。辞めてまつのガードでもしとけ!て思ってたんや。
それを変えてまうのやからの。やっぱり親分は違うわの》
まつというのは「まっちゃん」と呼ばれる車上荒らしのスペシャリスト。何故に私がまっちゃんの仕事の見張りを務めなければならないのだ。
 だが、文政の手紙の本当の恐ろしさは後段にあった。
《兄弟には、ワシが出所したら、バンバン兄弟の代紋つこたろ思とるから、稼業でどんどん出世してもらっとかな困るんや》
 私は軽い目眩を覚えていた。やっぱりカタギになったほうが良いのかもしれない。
 文政からの手紙を読み返しながら、私はそんなこと思っていた。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)