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第4章無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第41話

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■第4章無間


(12)

それでもオレはゆまと逢うことを楽しみにしながら生きていた。逢えば逢うだけ傷ついていくのに、会わずにはいられなかった。
 夏が駆け足で去って行き、秋が深まり、やっさんが無罪となり娑婆の人になったのかと思っていると、すぐに冬がやって来て、また一つ歳を重ねようとしている。
 その間もゆまは、まるで自分が警察に駆け込んだのだから、その責任だけは果たさなければならない、とでも考えているかのように面会へと来ていた。
 面会室で時計ばかり気にしているゆまは、ある意味、事務的に足を運んでいるように見えた。そう見えてしまう自分自身が嫌で嫌で仕方なかった。
 心の底から嫌われてしまう前に、オレのほうから彼女を自由にしてやらなければいけないと思いながら、いつまで経ってもそのことを言葉にできなくて、お互いが辛いだけになっていってる気がした。
 そんな迷路をさ迷い続けている時の中で、また挽歌が流れていった。
 宮崎殺しからちょうど一年が経ち、そろそろ法相も仕事をしなければならない、とでも思ったのだろうか。死神の空腹を満たす獲物として選ばれしターゲットとなったのは、四舎二階。最強にして最悪の歩く無法地帯。巨星、鬼ガワラだった。
 始まりから終わりまで、すべてが意表につく意表の連続だった。金曜日でもなければ朝でもない月曜日の夕刻。それも仮就寝に入った、薄闇がかかる午後5時頃だった。
 一瞬にして氷結した空気は、始めなにが起ころうとしているのか判断できず、死刑囚たちを戸惑わせた。
「死神」などと、その役目故に悪しきざまに呼ばれている主任看守の姿を認めたあたりから、四舎二階に巣くう悪党どもにとって、招かれざる出来事が接近しつつあることがしれた。
 凍りつく視線を浴びた看守一行の向かう先は、その凶悪性から数々の通り名で呼ばれているドン、鬼ガワラ。「シニ棟」最後の砦だった。
 死刑囚の誰しもが固唾を呑んだと思う。そこから始まる地獄絵図を想像して青ざめたと思う。
「もうやめてよぉぉぉーっ!!!」
 フロアから流れてくる愚かな鳴き声を耳にした時、オレは検討違いなことを想像した。まさかその声の主が鬼ガワラとは夢にも思わず、ハルクかスタローンのどちらかが早速返り討ちにあったと思ったからだ。
 幾度かの攻防が繰り広げられているのは、その衝撃音から察することができた。しかし、それは至ってシンプルなもので、誰もが想像する修羅場とは、似ても似つかぬものだった。
 鬼ガワラはまるで子供だった。駄々をこねる子供だった。嫌だ嫌だとぐずっている子供にしか見えなかった。
ー今更ジタバタしてもしゃあないわな。くる時が来れば逝くだけや。気に入らなんだら踊るし、いつ来ても肚はとうにくくっとるよー
 実話誌の連載の中で、鬼ガワラはこんなセリフを吐いていた。
 だが、両脇をハルクとスタローンにガッチリ決められた実物の鬼ガワラは、自分の足で歩くこともままならず、引きずられるようにしてズルズルズルズル、、、開かずの間へと姿を消していった。
「お母ちゃんっ!お母ちゃんっ!!お母ちゃんって!!!」
 母の名を叫び続ける鬼ガワラの無様な姿をオレは笑うことができなかった。
 ーお前、普段の威勢はどこいってんっ!笑わせんのっ!ーと、ののしることはできなかった。
 うまくこの時の心境を言葉にするのは難しいが、もしかしたらオレは、鬼ガワラの姿にショックを受けていたのかもしれない。
 唯我独尊。鬼ガワラのスタイルは、まさにこの言葉がピタリとはまった。彼の生き様を二百万歩、美化した実話誌の連載小説のタイトルが「唯我独尊」だったので、よけいにそのイメージが強い。
 鬼ガワラは、よくも悪くも、決してタイトル負けしていなかった。とにかく鬼ガワラは、我という我を貫き通していた。刑務官にも、同じ立場の死刑囚にも、獄窓にやってきて囀るスズメにも、オノレのエゴを押し付け切った。不気味な声でがなるカラスでさえ、鬼ガワラの機嫌が悪い日には、鳴くどころか寄り付きさえもしなかった。
 それが鬼ガワラという男だった。
 だからこそ、看守たちも普段の場合なら使用することのない伝家の宝刀、麻酔銃で完全武装し、寝込みを襲うという、過去に例のない戦略をとったのであろう。刑務官の数自体も、通常の5倍は駆り出されていた。
 どの刑務官の表情も鬼ガワラを開かずの間に放り込む時、拍子抜けというか、信じられないといった顔をしていたけれど、ただ一人。自ら僅かなお手当てを目当てに、刑の執行に立ち会うことを志願していると噂されている、殺しの商人(あきんど)。いけ好かない担当だけは、ニヒルな笑みを薄汚い顔面に貼り付け、プロジェクトチームの最後尾を歩いていたのをオレは見逃さなかった。その顔を見て、オレは、カーッと頭に血が上った。
 オレだけではなかったようだった。翌日の運動では、みんなそのことを口にしていた。
 誰も鬼ガワラの最期を笑いはしなかった。死人にムチを打つようなことは誰も言わなかった。
 その一点だけでいえば、死刑を愉しむいけ好かない担当よりも、極悪非道の死刑囚のほうが、よっぽど人間として上等ではなかろうか。
 鬼ガワラは、ラストダンスを踊ることなく、刑場の露と消えていった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)