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第4章無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第40話

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■第4章無間
(10)

 言ったもん勝ち。いや正確には、言い続けたもの勝ち、か。死刑囚それぞれに挽歌が流れていく中で、奇跡の扉が開かれた。
 オレが見ている限り、担当も死刑囚も、もちろん鬼ガワラだって、唖然とした表情を崩すことができていなかった。
 まだ宮崎が生きて帰って来た、と言われたほうが、真実味があった。それくらい信じることができなかった。
 なんとなんと、横山のやっさんの再審請求が通り、ついに審理が再開されるというのだ。
 昼食後、やっさんは、四舎二階から未決区へと生還していった。
 再審が決定したからといって、無罪が決まったというわけではないので、即日釈放という訳にはいかないが、それがどれくらいの快挙かということは、問われなくても皆わかっていた。再審の扉というのは、それほど開くことが難しく、請求している死刑囚の割合から言えば皆無といっても、乱暴ではないだろう。
 ましてや、横山のやっさんだ。素人目にも真っ黒にしか思えず、胡散臭いったらありゃしない。
 毎回話す内容が、変幻自在に変わるのだ。聞かされる側も、はじめのうちこそツッ込んで正したり、確認し直したりしているが、次第にアホらしくなって、ここではチュンと鳴くスズメすら相手にしないというのに、そんなヨタ話を、裁判所が相手になろう、というのだ。法廷はフシ穴か!?フシ穴だわな、、、。
 立ち去る時のやっさんのあの嬉しそうな顔。 ショボくれきった目をパチクリさせながら、真っ赤な猿顔を沸騰させまくっていた。
 そんな顔を見ながら、心の端っこの部分では喜んでいた自分がいた。我ごとのように、とまではいかないけれど、それでも、同じ時を共有し、同じ地獄を見てきた同志だ。
ー羨ましいじゃねえか、コンチクショウ!コンチクショウだけど、やっさん!どんなことをしても戻ってくんなよっ!得意のホラ吹きまくってでも、裁判官をやり込めちまえっ! 生きてもう一度、シャバの土を踏んでみせてやれっ!ー


 やっさんの、無罪が紙面に踊ったのは、それから半年後の、深まりゆく秋の日だった。

(11)
 もう、毎日ゆまから手紙が届くこともなくなってしまっていたけれど、それでも彼女は、月に2度の面会だけは来てくれていた。
 だけどゆきちとは、もうずいぶんと逢っていない。
 何度か、ゆきちも連れてきて欲しいと頼んでみたけれど、その時のゆまのちょっと困ったような顔をみてからは、なんだかゆきちの話をするのがはばかれるようになってきていた。
 少しずつ、少しずつ、それでも確実に何かがすれ違っていき、戻れない時間が2人の中で育まれていった。
 本当なら、オレのほうから別れを告げるのが男の優しさなのだろうけど、オレはそうすることがいつまでたってもできなくて、またいつもの思い過ごしでだと信じこもうと、時の流れにすがりついていた。
 横山のやっさんが奇跡を巻き起こしてしまったので、運動のメンバーが鬼ガワラと2人きりになってしまったことから、オレと鬼ガワラはそれぞれ別々の班に組み込まれることになった。
 あれだけ、うっとおしくてしかたがなかった鬼ガワラだったけれど、話す機会がなくなってしまうと、なんだか一抹の淋しさを覚えている自分が不思議だった。
 鬼ガワラに対してだけではない。鬼籍に入った浅田のおっさんにしても、宮崎にしても、生まれてきた世界へ生きたまま帰還していった横山のやっさんにしても、もうこの世で逢うことはできないのかと思うと、その気持ちは同じだった。
 死刑囚は、あくまで刑の執行中ではない。だから、朝から作業を強制させられることもなく、運動もしくは、入浴が終われば、あとはひがな一日中、いつ執行されてもおかしくないという死の恐怖にのたうち回ることになる。
 みんなそれを少しでも紛らわすために、何かに没頭して、出来るだけ現実の恐怖から目をそらせようと努力していた。
 ある者は、読むに耐えないような短歌や川柳にうつつを抜かし、ある者は誰にもひけらかすことのできない教養をひたすら深め、またある者は、困った時の神頼みで宗教にしがみついた。
 オレは、ただ書くということに、生命を刻みつけていた。もう一度、オレの書いた物語を世に出すために、必死になって書いていた。
 広い世界からすれば、わずかだったかもしれない。だけど本を出したことで、世間の人たちから生まれて初めて称賛を受けた。少なからずの反響の声が届けられた。
ーこうなってしまったのは、どうしようもない理由があったと思います。止まりませんでした。溢れ出した涙とページをめくる指が、、、ー
ー始めから最後まで一気に読んだ。これがあの凶悪犯といわれた死刑囚が書いたとは、信じられなかった。色々な意味でもったいないー
ーお世辞にも名作とはいえないが、読み手をひきつけるだけの言葉がこの本にはあった。もう作者は、死刑を執行されたのであろうか。次回作に興味を持たされる一冊でもあったー
ー今まで死刑について、それだけのことをしたのだから、当たり前だと思っていた。けど、この本を読んで死刑制度そのものに疑問を感じるようになりました。だけど、私の大切な家族を殺されてしまったら、やはり死刑を望んでしまうかもしれません、、、ー
オレの渾身の一撃は、作品とは違う部分でも評価され、この他にも反響が届けられた。
 その中には、みどからの手紙もあった。
 物語の主旋律は、あくまでゆまとゆきちとの暮らしを描いたものだったけれど、その中に過去の恋愛なんかも、面白おかしく取り入れてみた。それがみどの勘に触ったらしく、クレームの一報が届いたのだ。
 嬉しかった。やがて、哀しくなった。今は、天国へ旅立ったみどのために書いている、なんていえばカッコイイけれど、みどのために書いては書き直しを繰り返した挙句、やっぱり心の中では、ゆまとゆきちのために書いているような気がする。
 自分が認識している人物。まったく認識すらしていない人物。知っている場所、まったく知らない場所。そのすべてでオレは散々蔑まれ、憎まれ、恨まれ、そしてもう、この世では名誉挽回の余地すらなく、忘れさられてしまおうとしている。それがオレの歩いてきた、なんの偽りない足跡だ。
 だけど、それとは違うところで、オレの本を読み、オレの存在を知り、優しくオレのことを想像してくれた人も、少しは作れたと思う。
 その事実が、少しだけど、オレの心を救ってくれていた。
 この世に生まれてきてはいけない、という人間が世界にはいるとオレは思う。多分、オレ自身がその中の1人だ。
 だからこそ、もうこれ以上、誰からも恨まれたくなかった。憎まれたくなかった。せめてもう少し、生まれてきた証を、最期にこの世に残して死にたかった。オレのことを少しでも愛してくれた人に、間違いばかりではなかった、、、と思われたかった。
 残された人生で、もうオレにできることなんて何もない。ただ書くことしか、、、。

ー杏っちゃんへ
 涙が止まらへんかった。文字がかすんで、なんべんもなんべんも、涙を拭いながら、言葉ひとつひとつを杏ちゃんと想って大切に読んだ。
 杏ちゃんがこうなってしまった時、弱虫で泣き虫なゆまは、どうしていいのかわからなくなってしまいました。
 ゆまは信じられへんかった。
 目の前の杏ちゃんが、本間にそんな事をしてしまったんかって思うと、怖くて怖くて仕方なかった。
 段々おかしくなっていく、杏ちゃんが哀しくて、辛くて、そして怖くて、ゆまは警察に行ってしまいました、、、。
 杏ちゃんを最期まで信じられへんかった。
 杏ちゃんを愛してたんは嘘じゃないけど、杏ちゃんがゆまのことを愛してくれているのかどうか、あの時はわからへんかった。
杏ちゃんのことを何も分かってあげられへんかった。
 もっと正直に書けば、杏ちゃんの向けた凶器が、いつゆまやゆきちに向けられるかって思うと、信じることができへんかった。
 何回も何回も後悔した。ゆまを責めようとしいひん杏ちゃんを見て、何回も何回も後悔した
 杏ちゃんの優しさとか、思いやりとか、なんでもっと分かってあげられへんかったんやろうって。
 もし、ゆまがもっと強かったら、亡くなった人たちには申し訳ないけど、杏ちゃんとゆまとゆきちと3人で誰もわからへんところに行って、今も杏ちゃんのぬくもりを感じることができてたかもしれない。
 ごめんなさい。ずっとゆわれへんかった気持ちです。
 杏ちゃんが書いた本を読んで、この気持ちだけは、ちゃんと杏ちゃんに伝えなあかんって思って書きました。
 面会やったらうまくゆわれへんから。また強がりゆうてしまいそうやし。
今、ゆまは幸せの中にいます。
 杏ちゃんに抱きしめてもらうことはできへんけど、こんなにもゆまとゆきちのことを愛してくれる、杏ちゃんがおんねんから。それだけで、女は幸せやねん。杏ちゃんは、一つも女心がわからへんけどね(笑)
何年先でもいい。 何十年先でもいい。だから杏ちゃん、帰ってきて。お願いやから、あきらめんとって。ゆまとゆきちは、何があっても、杏ちゃんの味方やから。
 ずっと待ってる
 ゆきちと二人で、杏ちゃんが生きて帰ってきてくれんのをずっと待ってる。
 また明日、面会いくね
 杏ちゃん、愛してんで。
ゆまより

 
この手紙を受け取った時は、まだ公判審理中で、判決も出ていなかった。
 間違いなく、死刑を避けて通ることはできないとわかっていたけれど、もしかしたら、と思ったりしていたのも事実だった。
 本が世に出たということで、オレの運命が大きく変わっていきそうな気がしていた。
 けれど、運命を変えるには、あまりにも遅すぎた。現実は、映画や小説の世界のように、何でもかんでも上手くはいかない。
 淡い夢は、手を握ろうとしたそばからこぼれ落ち、はじめからあるべき答えをしっかり引き寄せていた。
 誰かが悪い、というのではない。間違いなく、自分自身が悪いのだ。
 一審の死刑判決を受け入れたことを後悔したのは、一度や二度ではない。毎日だ。毎日後悔している。
 小説を書いている時、本を読んでいる時、風呂に入っている時、眠りにつくその瞬間まで、気がつけば、押しつぶされそうな恐怖に耐えるようにして、歯を食いしばっていた。無意識の内に、死にあらがい、踏ん張ろうとしているのだろう。
 多分、オレは死ぬ瞬間まで、見苦しさを演じると思う。
 往生際が悪いと蔑まれても、綺麗になんか逝けそうもない。
 控訴しなかったのもオレならば、見苦しさをさらして、子供のようにジタバタして見せるのも、オレという人間のなせる業だ。
 でも、心のどこかでは、ホッとしているかもしれない。
 オレの小説を読んで涙を流した、あの時のゆまはもういない。
 会えば会うほど辛かった。
 ゆまとの距離が出来ていくのを確認しているようで、悲しかった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)