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第4章 無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第37話

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■ 第4章 無間


(八)
 まったくの空白から言葉をつないで、ひとマスひとマス埋めていく。この作業の繰り返しが、やがて意味のある言葉となり、自分の編み出した創作となり、小説という形となって読む人に感動を与えたり、笑いを引き出したり、涙を誘ったりする訳だけど、、、。だけど、、、まったく書けない日々が続いている。
 自分でも書こうとしてることすら、すっかり忘れてしまいそうな空白が続いている。3行ほど書いた小説は10編にも及ぶが、どれもこれもそこから一向に進む気配がない。
 獄中にいながら本を出したことで、調子に乗って自分のことを心のなかでは先生と呼んでいたけれど、最近では、その心の中の行為ですら、厚かましいのでは、、、と考えるようになってきていた。
 この先生、実は才能がなかったのではなかろうか、と考えても答えはすぐに見つかり、気が滅入るだけなので、気分転換に、小説ではなく他のものを書いてみることにした。
 考えた末、自分が死んだ時のために、「遺書」でも書いておくことにした。
 ギャグではない。本当の話だ。我々死刑囚は、こうやって前もって遺書を作成しておき官に提出しておけば、骨となって再びシャバへと復帰した時に、遺骨と一緒に手渡してもらえることになっていた。
 これがいけなかった。
遺書を書いているうちに、いよいよ哀しくなってしまい、とてもじゃないが、小説を書くどころではなくなってしまったのだ。とんだ気分転換である。
 そもそも、遺書が気分転換という発想に無理があったのだ。ゴルフとかパチンコとか、カラオケなら聞いたことあるが、遺書で気分転換とは、初の試みではあるまいか。
 そんなことをしている間に、無為な時間は過ぎていき、空白のマス目が埋まることもなく、日が巡り、カレンダーがまた金曜日を指していた。
 そしてオレの般若心経を唱える日が、また一日増えてしまった。
 ー同志ーとは、とてもじゃないが呼ぶことが出来ないが、それでも地獄と化した四舎二階で、同じ麦メシをボソボソと喰らいあった仲だ。哀しくないといえば、嘘になる。

 だけど彼は、そんな哀愁を微塵も抱かせぬほど、不気味に逝ってしまった。
 オレは、彼のことを少しばかり、あなどっていたかもしれない。
 なにが「こわくないよよよ~ん」だ。いざその場になれば、取り乱して奇っ怪なことを叫び倒すであろうと思っていた。とくと、その醜態を拝んでやるつもりだった。
 けれども、彼はやはり彼だった。最期の最期まで、狂人ぶりを貫き通してくれた。彼の生き様はすべて演出ではなく、やはりナチュラルだった、ということが、こうして証明されてしまった。決して報われることは、もうないけれど、、、。
 彼は笑っていた。手を振っていた。南側の扉へと吸い込まれていく時に、オレに向かって手を振っていた。あるべき怯えも、気負いも、人間としてそこになければならない感情がすべて、宮崎には欠けていた。あるのはいつもの薄気味悪い、あの笑顔だけだった。ひょうひょうとしていた、と言っていいかもしれない。
 そんな宮崎の立ち振る舞いを見ていると、思わずコイツが言っていた通り、もしかしたら本当に殺されないのではないか、とまで思ってしまった。
 だけどやっぱり、開かずの間に吸い込まれてしまった宮崎は、ニ度と四舎二階には、帰ってこなかった。

その夜、オレは宮崎の夢を見た。奴はあの気持ち悪い微笑みを浮かべたまま、処刑台で吊るされていた。けれど、オレと目が合うと、「死なないよよよ~ん」と言いながら、薄気味悪い微笑みを顔面に貼り付け、ゆっさゆっさと揺れていた。
 よよよ~ん、と言っているうちに、首がろくろ首のように伸びていき、弧を描きながらこっちへと向かって来そうになったので恐ろしかった。
 ー死なないよよよ~んんんっっっ〜ー

もしかしたら、奴は本当に死んでいないのかもしれない。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)