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第4章 無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第34話

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■ 第4章 無間

(五)
一年の御用納めとなる12月28日に客人はやって来た。
 先に面会室に入り、パイプイスに座っていた客人は、すでに号泣していた。もうオレが死んでしまったと勘違いしてるんじゃないかと思うくらい男泣きしていた。
「兄弟が泣いてまうから、オレまで泣いてまうやんっ」
 客人ー。龍ちゃんを見た瞬間に、オレも込み上げてくるモノを抑えきれず、涙の雨を降らせた。


 長い付き合いだった。小学校に入学してからだから、もう25年になる。
 ガキの頃からの兄弟分。
 龍ちゃんは、時折、息を詰まらせたむせび声で言った。
「ごめんやでっ、、、ワシ、、、ワシ、、、なにひとつ兄弟の力になってやれんでっ、、、兄弟のこと助けてやれんで、、、ホンマにごめんやでっ」
 いつからだろうか。
 父親がいなかったことも、無意識のうちに関係していたのかもしれない。男は泣いたらいけないものだと、自分に言い聞かせて生きてきた。辛くても、悲しくても、人前では涙を見せずに生きてきた。
 そのオレが、また泣いてやがる。
 10年の刑期を言い渡された時も、涙は流さなかった。
 泣いたところで、なにひとつ変わりはしないことは知っていた。それなのに、もう泣かずにはおれないことが我が身に多過ぎた。
「なにを言うてんねんなっ。兄弟はなにも関係ないやんか、、、。もう謝らんといてえなっ、、、。謝られたりされたら余計に辛なるから兄弟、もう謝らんといてえなっ、、、」
 龍ちゃんは出所したその足で、オレのところへと面会にやって来てくれたのだった。
 刑務所から届けられた手紙には、ーもし控訴しなければ、兄弟分の縁を切るーとまで書かれてあった。そこまでしてでも、オレに控訴させようとする龍ちゃんの気持ちがありがたかった。心に沁みた。
 けど、オレはそれでも控訴せずに、こうして死の旅路へと進む道を自ら選んだ。
 早く死にたいわけではない。生きたいというよりも、死にたくない、死ぬのが怖い、と言ったほうが正しいだろう。それでも、控訴はできなかった。怖くて、恐ろしくて、死にたくなくても、控訴することはできなかった。
 もしかしたら、あの弁護士の先生にすべてを託していれば、未来は別のものになっていたかもしれない。それでもオレに、控訴することはできなかった。オレがこの世に生まれ落ちてきたおかげで、3人もの人が、見るも無残な最期を遂げたのだ。この事実だけは、なにをどう取り繕ったところで、動きはしない。
 もしも控訴していれば、多分、今よりも辛かったと思う。もうオレに生きる資格は残っていなかった。
「龍ちゃん、あんま泣かんといてやっ。それ以上、泣かれてもうたら、早よ死ななあかんのちゃうかって気がしてくるやんっ」
「なにゆうてんねんっ。杏ちゃんみたいなやりっ放し、向こうがまだ来てくれるな言いよるわっ」
 龍ちゃんは、泣き笑いの表情を作ってそう言った。いつしか、互いのちびの頃の呼び名で呼び合っていた。
 あの頃からずっと、龍ちゃんだけはオレの味方だった。変わり者でへそ曲りのオレを理解してくれていた。
 オレも龍ちゃんも、オレが起こした事件のことには一切触れなかった。いまさら触れても意味がない。そのことをオレも龍ちゃんも、嫌になるくらい、理解していた。
 過ぎたことは変わらない。終わったものは始まらない。泣き言を言っても現状はなにひとつ変わらないし、過去へと戻ることはできない。それが、オレや龍ちゃんが生きてきた世界だった。
「あんな、杏ちゃん、、、。オレ、カタギなろう思てな、、、」
言葉のやりとりを交わす中で、わずかにできた空白を埋めるように、龍ちゃんは唐突に切り出した。もしかしたら、今日、龍ちゃんはこのことを告げに来たのかもしれないと思った。
ー何をゆうとんねんっ、たかだか2、3年、中おっただけで、懲役さぶなったんかいっー
ーカタギなるて、30過ぎたオッサンがいまさらなにできんねん。やめとけっやめとけっー
 過去のオレなら、そう言って笑い飛ばしただろう。だけど今のオレには、その原因の一部が、オレにあるような気がして、ただうつむくしかなかった。
「ちがうで杏ちゃん。なんも杏ちゃんのせいとか、そんなんとちがうねん。もうすぐ娘も4歳なるしな、嫁さんに最後の面会で泣かれてもうてな。ここらが潮時かなって、思たねん。
 ヤクザで飯食える時代と違うしな」
 龍ちゃんはそう言うけれど、やはりオレのことが無関係ではないだろう。
ーそうか、あの赤ちゃんだったひかちゃんが、もうすぐ4歳になるのかー
 10年の懲役から社会へと戻ってきた時、父親になっていた龍ちゃんを見て、不思議な気持ちになったことを覚えている。ヤクザとはいえ、30にもなれば、チビの一人や二人いてもなんら不思議なことではないのだけど、オレの体内時計の針はハタチのところで静止したままで、ガキの頃からずっと身近にいた龍ちゃんに子供ができたと聞かされても、龍ちゃんの面影を宿した赤ちゃんを目の当たりにしてもなんだか信じられなかった。
「そろそろ、よろしいか」
会話の途切れたタイミングを見計らって、話しの内容を台帳に記していた看守部長が面会終了を告げた。
「杏ちゃんっ!」
 パイプイスから立ち上がった龍ちゃんは、両の掌をアクリル板へと押し当て、力のこもった目でオレを見た。オレも立ち上がり、アクリル板越しに、龍ちゃんの掌に掌を重ねた。
 また流れ出した涙のせいで、龍ちゃんの顔が揺れた。
「杏ちゃん、もう泣いたらいかん」

ー杏っちゃん、もう泣いたらいかんっ、泣くな、杏ちゃん!ー
ーだって、だって、しょういちくんが、ぼくのチョロQとってんもんっー
ーオレが取り返して来たるから、男やったら泣いたらいかんっー
 そう言って龍ちゃんは、殴り込みというのだろうか。2つも年上の4年生のところへたった一人で出かけて行き、大きなコブをオデコにこさえてきたけれど、掌の中にはチョロQを握りしめて、戻ってきたのだった。
 あの時と、なにも変わらない声だった。
「負けたらあかん。なにがあっても負けたらあかん。苦しいのもわかってる。怖いんだってわかってる。それでも負けたらあかん。最期の最期まで、強いとこ見せたってくれっ!」
 龍ちゃんの言葉に鳴咽を漏らしながら、オレは何度もうなづいた。
 龍ちゃんはいつまでも「泣いたらあかん」と繰り返した。いつしか、その声も、涙声にかわっていた。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)