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■ 第4章 無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第33話

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■ 第4章 無間
 

何かが起こる。何かが起ころうとしている。
 ー虫の知らせ?ー
そんな生易しいものではない。視線を感じた。
 四方八方から、鋭く刺すような視線が絡みついてくる。右を向けば左から。左を向けば後ろから。振り返れば、今度は前。
 おかしくなっているのはわかっている。自分がおかしいのは十分にわかっている。
 わかっているけど、止められない。
 第六感が、本能が危険を感じとってしまうのだ。そして、危険が連れてくるのは混じりけのない恐怖。ぬぐってもぬぐいきれない恐怖。恐怖に侵された思考から、噴き出してくるのは猜疑心。
 おかしくなっているのは、言われなくてもわかっている。わかってはいるが止められない。
 どこかにあるはずだ。どこかに盗聴器が仕掛けられているはずだ。意味も理由も根拠もない。思い出したら止まらない。オレは自室のそこらじゅうのものを手当たり次第ひっくり返し、CDプレイヤー、携帯電話、テレビ、果てはパソコンに至るまで、二度と復元出来ないくらい、あるはずのない、見つかるはずのない盗聴器を探し求めた。
 そして。
 我にかえれば、迫り寄ってくる殺気。背後から。ゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾク、、、、、。身体と心が見事に震え上がった。オレは肌身から離すことのできなかった青龍刀を握りしめた。
 殺れるもんなら、やってみんかいっ!
 殺せるもんなら、殺してみんかいっ!殺せるもんならっ、、、、えっ⁈、殺されるのかっ⁈オレは殺されてしまうのか!!!殺されてっ、、、、、。
ーうおおおおおおおおっっっっっ!!!ー
 オレは、雄叫びを上げて立ち上がった。完全に壊れた。
ーくるんやったら来てみんかいっ!おうっこらっ!かかってこんかいっ!おおうっ!!!ー
青龍刀を振り回して叫び倒した。
一瞬の静寂。そのしじまをぶち破るかのように、鼓膜に伝染する、タイヤを軋ませて停まる派手な停車音。荒々しく一斉に開け放たれ、乱暴に開閉されるドアの衝撃音。我家に迫り寄ってくる大勢の足音。すべてが連鎖音となり、鼓膜の中でスパークした。
 ー殺られるー
 このままでは、確実に殺られてしまう。殺されてしまう。慌てふためいたオレは、青龍刀を握りしめたまま、急いで部屋から飛び出した。リビングを出て、玄関まで向かおうとするが、足がもつれ思うように辿り着いてくない。玄関までのわずかな距離が、果てしなく感じてしまう。
 ー逃げなければ、、、早くここから逃げ出さなければ、、、ー
 その間も、大勢のの足音が迫り寄って来る。
 死にもの狂いで玄関までたどり着くと、今度は指先が上手に操れず、チェーンロックが外せない。刻一刻と荒々しい足音が近づいて来ている。ためらっているひまなぞはなかった。青龍刀を振りかざし、チェーンロックをぶった切った。
 そして、破滅へと続く、その扉をオノレの手で解き放った。
 マンションの前。迫り寄ってきていたはずの大勢の敵たちも、タイヤを軋ませて停車させていたはずの車も、どこにも姿がない。
ただ、視界に映るどいつもこいつもがオレを見ていた。いや見張っていやがった。
 携帯電話を耳にカン高い声で暗号を飛ばし、監視する女子高生。学生服を着た部活帰りの坊主頭の中学生。ママチャリをこ忙しく漕ぐ中年のおばはん。カブで真横を通過していった、作業着姿のおっさん。ポストに投函された郵便物を、回収している郵便局員。
 どいつもコイツもみんなグルだ。次第に、オレを見ている奴らのすべてが、ゴニョゴニョゴニョゴニョと薄気味悪い声を発し始めた。それが段々とはっきりとした意味を持つ言葉になっていった。
ー殺してしまえ。こんなクズは殺してしまえっー
「うわわわわわわわわぁぁぁぁっっっっ!!!」
 完全に壊れた脳内が崩壊してしまった。
 殺らなければ殺られてしまう。殺らなければ、殺られてしまう。殺らなけれ殺られてしまう、、、。
「うぉぉぉぉぉっっっ!!!」
 青龍刀を力一杯振り回した。無我夢中で休むことなく振りかぶった。振り下ろした。
突いた。突いた。突きまくった。豆腐を突き刺したような感覚が、掌に伝わってきた。かまわず突いた。青龍刀を突き続けながらも、声が枯れるまでオレは吠え続けた。心臓が悲鳴を上げも、爆発してしまいそうだった。苦しすぎて声が途切れた。苦しくて、声が出ない。
 苦しくて声が。
「うわっ!?」
 出た。
 汗を拭おうとした掌が、真っ赤に染まっていた。
「また、、、またオレ、、、殺ってもうたやんけっ、、、」
 放心状態。
 それもわずかだった。すぐに背後から人の気配を感じ、青龍刀を握り直した。
 振り返る。
 いつの間にかオレは、自宅のマンションの前まで、帰ってきていたらしい。
 視線の先。
 ゆまがオレを見つめていた。氷のような、凍てついた視線で、、、。
 そこには、まったく感情が映っていなかった。
 ぞくっとした。ゆまの凍てついた目を見て、ぞくっとした。
「ちゃうねんて⁈ホンマちがうねんてっ⁈お前が別れた男と歩いてんの見てもうて、それでそれでそれでっ、、、」
「それで」のオンパレード。とにかくオレは、こうなってしまった理由をちゃんと説明しなければと思い、ゆまに駆け寄ろうとして、歩を前へと進めかけた。進めかけた足が止まった。
 笑っている。
 ゆまが笑っている。口元が裂けるように吊りあがり、笑っている。
 オレは、唖然として立ち止まった。
 その瞬間、ゆまの背後から制服を着た警察官が雪崩れ込んできた。
「やばっ」
 後ずさって逃げようとするが、足がすくんで動かない。
 ズームアップされる警察官の群れ。観念するように目を閉じた。ギュッと閉じた。そして、ゆっくりと目を開けた。
減灯された蛍光灯が、辛気臭い光を降らせていた。「夢かいな、、、」
朦朧とした意識の中で、ホッとした。意識が覚醒していくにしたがって、ホッと胸を撫で下ろしてしまった馬鹿さ加減に気がついた。
夢も現実も大して変わりはしない。
 前刑10年の刑期を務めているときも、同じような夢をよく見た。また人を殺してしまった夢だ。
 ー今度こそ死刑だ、もうこれで一生、シャバへ出ることはできないー
いつも、うろたえまくったところでいつも目を覚まし、夢でよかった、とホッとした。
 あの時は、確かに夢でよかった。
 途方もないほど先とはいえ、前刑にはちゃんと刑の満期日というのがあった。生きてさえいれば、再び社会へと返り咲くことができた。
 だけど今は、夢も現実も変わらない。 絶望につぐ絶望。破滅につぐ破滅。希望なんて、未来なんて、あろうはずがない。それがオレの人生だった。 眠っている時でさえ、安らぎなんかは存在しない。
 人をまた殺してしまった夢か、それとも刑を執行され殺される夢か。
 夜は地獄から這いずり出てきて、オレを地獄に堕としていった。
 狂いそうだった。いや、狂いたかった。いっそのこと、狂いきってしまいたかった。ここがどこで、自分が誰だかわからないくらいに、狂ってしまいたかった。そうでもしなければ、首をくくられる前に、自ら首をくくってしまいそうだった。
「どうかしたか?えらいうなされとったけど」
食器口が静かに開かれ、巡回中の夜勤部長が顔をのぞかせた。
「いや、ちょっと夢見ただけですわ。なんもありません。大丈夫でっせ」
「そうか。まだ朝まで時間あるから、ゆっくり休めよ」
 オレはコクリとうなづいた。
 「オレはまだちゃんと正常なんか。もう異常なってもうてんのか、、、」
 夜勤部長が立ち去った後、わずかに房内に差し込む月の光に照らされて、オレはそう呟かずにはおれなかった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)