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第4章 無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第32話

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■ 第4章 無間


(三)

 運動のメンバーの中でいえば、一番穏やかな人柄が浅田のおっさんだろう。つるっとハゲ上がった顔の両サイドに、申し訳程度に生えている髪の毛は、波平さんを彷彿とさせ、場違いな善人顏。
四舎二階なんかにいてるより、「いや~、さっぱり売れねえなぁ~」とニコニコしながら、娑婆で大根なんかを売ってるほうがよく似合う。
 浅田のおっさんが何をして、どうしてここにいるのか、まったく知らない。鬼ガワラや宮崎のように、世間に強烈なインパクトを刻みつけてきた事件なら、本人が語らずとも、おのずと周囲に知れ渡ってしまうし横山のやっさんのように冤罪を訴え、本人から20回以上は聞かされた、話すたびに微妙に変わる脚色盛り沢山の事件話を自分でしゃべりまくっていれば、コイツはこういうことをして死刑の判決を受けたのだな、と分かるのだけど、世間的に注目度も低く、本人も語りたがらなければ、何をしたのか分からない。
 ただ、シャブの使用のみとか、盗っ人の常習犯のコソ泥ではないことだけは確かだった。
ここ四舎二階を最終居住地として、根を生やしている以上、十中八九、人を殺めているのは間違いない。
 それも一人ではなかろう。
 殺めた人間の数が一人ならば、よほど人道に背いた殺め方のはずである。そうでもしなければ、ここへは来れない。
 普通これが、一般の犯罪者レベルだったら、詮索好きな懲役が必ずいて、検察官顔負けのねちっこい尋問により、シャバで犯した罪をすべてめくられるところなのだか、ここではあまり他人(死刑衆)の事件に関知しようとする奴はいない。聞く方も話す方も虚しくなるだけなのだがら、みんな現実から逃避するかのように、犯した罪のことは口にしなかった。横山のやっさんをのぞいて、だが。


 浅田のおっさんについて知っていることといえば、ここの住人となってもうじき8年になろうということと、一人娘がいてるということくらいだろうか。
 いつもニコニコ笑顔を絶やさないおっさんだったけど、娘さんがオッサンのせいで離婚することになってしまった、、、と、ボソッとつぶやいた時だけは、傍目にも気の毒な顔をしていた。
 「伊丹さん、寒くなってきたからさ、風邪なんてひかないように気をつけてよ。風邪なんてひいちまったら、奥さんやボンが心配しちまうからさ」
ーおっさん、あんたは一体、何をして、こっちに落ちてきちまったんだよ。あんたはどうみても、こっち側の住民じゃないだろうが。なんで、こんなとこに迷い込んできちまったんだよ。もう戻れないじゃねえか、、、ー
 口には出さなかったけれど、立ち振る舞いや、おっさんの穏やかな人柄に接していると、生かしてやりたかった。娘さんのもとに帰らしてやりたかった。

浅田のおっさんが死神に喰らわれたのは、それから3日目のことだった。


 冬にしては気持ち悪いほど温かな、やはり金曜日のだった。
 ヘタなヤクザ者なんかよりも、もちろんヤクザをドロップアウトしたオレなんかよりも、浅田のおっさんの肚は座っていた。男だった。
 南側の扉。開かずの間へと吸い込まれていく時、半狂乱と化すことも暴れることもなく、一人一人の死刑囚の房の前で、
「お世話になりました。私は先に逝きますが、達者でやって下さい」
と、深々と頭を下げ、真っ直ぐ南側の扉を向いたまま、処刑台へと向かって行った。
 かの吉田松陰の散り際は、平成の世まで語り継がれるほど見事だったという。それに比べ浅田のおっさんの処刑は、誰にも語られることもなく埋もれてしまったけれど、見事さだけでいえばおっさんの散り際も松蔭にひけをとっていなかったのではあるまいか。
 一人の人間が処刑台に散ったというのに、ドロドロとした闇の底のような日常は、まるで何事もなかったかのように、今日も流れていく。
 罪深き死刑囚の死なんて、しょせんはそんなものなのだろうか。
 いや、死刑囚だけではない。人の死なんて、故人になった者の親近者や周囲の者以外にとっては、哀しいことだがそんなものなのだろう。
 年の暮れに、一人の侍が死んでいった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)