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第4章 無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第30話

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■ 第4章 無間

 翌日、オレは整備隊の「運動用意っ!」の号令に立ち上がり、腹を決めて運動場へと向かって行った。
「おうっ伊丹くん、おはようさんっ!」
 こういう時に限ってこうだ。
 普段はどんなことがあっても「おはようさんっ!」などと挨拶なんて絶対しないクセに、不釣り合いな愛想なんかを振りまいてきやがる。
 そんな気持ち悪い態度で接しられると、急に気が抜けかけてしまうではないか。萎えそうになる怒りを、オレは叱咤した。
「おいっ、昨日入房する時のあれ、オレに言うとったんかいっ」
 挨拶も返さずに、オレは畳半畳はありそうな鬼ガワラの顔を見据えた。
「はあ? 入房する時? 運動の後の?」
キョトンとして見せる鬼ガワラ。
「なんかゆうとったやんケッ。最近の奴は挨拶もろくにできんのかいっ、とかなんとかって、アレ、オレにゆうとったんかいっ!」
 ズボンのポケットに隠し持っていたボールペンをポケットの中で握りしめた。鬼ガワラの表情が少しでも変わりーさっきからオドレ、誰に向こうて口きいとんじゃい!ーとなったら、ためらわず右目をえぐり抜いてやるつもりだった。少しでも躊躇すれば、間違いなくコチラが殺られてしまう。
「ちゃうちゃうちゃうちゃう、ちがうがな〜っ! 面会に来よったワシとこの若い衆のコトやがなっ。なんでワシが、自分のコト言うねんなっ」
 小山が噴火したようなオーバーリアクションをとって、鬼ガワラは否定した。ひん曲がっているクセに根が単純に出来ているオレは、拍子抜けしながら握りしめていたボールペンを離した。
「えっ?な〜あんや、そうですのっ。てっきり、自分のコトゆわれてんかなって勘違いしてもうてましたわ。生意気言うて、すいませんでしたっ」と、明るい声で詫びを入れてしまったではないか。
 やはり、こんな生活を強いられているおかげで、少しばかり神経質になり過ぎてしまっているようだ。誤解が解けて、打ち解けてみると、案外いい奴にさえ感じてしまう。はやまって、ボールペンを突き刺したりしなくて、本当によかったよかった、、、。
と思ったのも、ほんの1日だけだった。
 次の日。昨日のノリでオレのほうから
「先輩、おはよやすっ」
と挨拶したのだけど、「フンッ!」と横を向かれ、思いっきりのフル無視をくらわされてしまったのだった。
 こちらから清々しく挨拶してしまったことも後悔したし、ー勘違いしてもうてましたわ。生意気ゆうてすいませんでしたっーと謝ってしまったことも心底後悔した。
ボールペンを右目に突き刺さなかったことが悔やまれた。
  
恐怖が支配した闇の中では、外界の陽など当たりはしない。
 死ぬためだけに、司法の手に葬り去られるためだけに、寝て起きてを繰り返す毎日。
 未来がないのに、希望なんてあろうはずがない。
 だけど、まだ生きていた。
 こうして殺されるためだけに泳がされているだけだが、死んではいなかった。たしかに、オレはまだ生きていた。
 腹が立っては、ボールペンを突き刺してやると怒り、口が滑ったかと思えば反省し、楽しければ笑いだってした。普通の人間となんら変わらない感情を日常の毎日で感じながら、一瞬一瞬を生きていた。
 いや、生かされていたのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)