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第4章 無間

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第29話

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■第4章 無間


(一)

 はっきり言って、死ぬほど後悔した。
 死ぬことが、処刑台に上がるためだけに暮らすことが、これほどまでに苛酷な恐怖かと、知りたくもないのに初めて知った。
 金曜日の朝を迎えるたびに、控訴しなかった過去のオノレを呪い続けた。
 だけどもだ。呪い続けたけれどもだ。もしも過去に戻れたとしても、オレはやはり、後に自分に呪われることになったと思う。
 ケジメとか筋とか、そんな上等なもんじゃないけれど、それが最期にオレに残された人の道だった。
 今日という今日は、許さん!と思った。もう許さんっ!と思った。
 地獄と同義語の、死への待ち合い室。このシニ棟に収容されて、この12月を送れば、1年が経つ。
 その間、たいがいオレは我慢してきた。
 ただでさえ絶望や恐怖との共同生活を余儀なくさせられているというのに、それとまったく関係のない人間関係なんぞで、なぜいらぬストレスを蓄積せねばならんのか、理解に苦しんだ。
 人間関係など、獄であれシャバであれ、生命の保証のある者が、生活を営む為に悩んだり築きあげたりしながら悪戦苦闘するものであって、風前の灯である死刑囚のオレが、いまさらなぜそんなもので苦しまなければならんのだ。
 オレにしては、よくここまで我慢してきたと思う。
 我慢だけではない。奴の傍若無人の振る舞いに対して、これも罪の償いのうちだ、そのうち奴も殺されるのだ、と思い込もうと努力だって繰り広げた。
だが、もう我慢ならん。
 なぜに、1日1回たったの30分の楽しいはずの運動時間に毎度毎度、奴のおかげで、ガリガリガリガリと神経を削られ続けんといかんのだ。気の悪い思いをさせられんといかんのだ。
「最近のガキは、挨拶すらろくに出来んのかいっ! ヤクザやっとったって? フンッ! 笑わすなっ。墨ついて当番入っとったら、ヤクザちゃうぞっ。フンッ!!」
 30分の運動時間が終わり、屋上から四階へと戻ってから、一端廊下に整列させられた後、各自が各房へ吸い込まれていく間際、奴。ー鬼ガワラのコンチクショウーは、当てこすりのように、こんなことを抜かしやがった。
 鬼ガワラの指摘にもあった通り、ここ1週間は、運動で顔を合わせても、オレのほうから挨拶することはなかった。
 嫌いだからだ。もちろんそれも大いにある。大ありだ。
 だけど、それだけではない。
こちらが挨拶しても、オノレの気分によってど無視するからだろうがっ!
 オレは、我が房で顔を真っ赤にさせながら、湯気が出てるんじゃないかと思うほどの怒りで身を震わせた。
 この1年。事あるごとにオレと鬼ガワラはぶつかった、、、というよりも、いちいち奴のほうがケチをつけてからんできた。
 オレに対してだけではない。他の運動メンバー。浅田のおっさんにも、宮崎にも、横山のやっさんにも、オノレの虫の居どころ次第でからみついた。
 もちろん、刑務官や当所執行の雑役にだってだ。
 それはもう、鬼ガワラは、見事なくらい人々から嫌われていた。
 しかしそれだけではない。それと同じくらい恐れられていた。
 鬼ガワラは、たった1人で抗争相手の事務所へと乗り込み、その場で4人のタマ(命)を上げ、オノレも4発の鉛を、その体躯にぶち込まれたが、死するに至らず。ここでトドメを刺されることになった。
 いわば極道界では、生きる伝説として語り継がれている人物だった。
 伝説と現実は、こうまで違うものなのだろうか。それはある意味、人間不信にさえ値する。何を隠そうオレも鬼ガワラとここで「顔がつく」まで、奴のことを尊敬していた。
 ー奴ーというよりも、実話誌で連載されていた、伝説の極道の鬼ガワラの方をだ。凄い人もいるもんだ、とすっかりあざむかれ、だまされていた。
あれ以来、あの雑誌のいうことは何一つ信用していない。
 何が伝説のヒットマンだ。伝説は伝説でも、鬼ガワラの場合、違った意味でハタ迷惑な伝説だった。
 そしてなぜ鬼ガワラは、ここでそんなハタ迷惑な伝説を築き上げれるのか。
普通レベルの人殺し程度の死刑囚が、鬼ガワラと同じ立ち振る舞いでここで暮らそうとすれば、他の死刑囚も黙ってはいない。
 3日もせぬうちに、その者は骸となって、シャバへ帰っていくであろう。
 ここは、出所することを目的として務めている刑務所などではない。散々なことをしでかしてきた者が殺されるためだけに集う場所なのだから、いまさら失うものなど何もない。一人ひとりが社会で地獄絵図を作成してきた者ばかりなのだ。
 そんな人間の皮を被った畜生共たちが、鬼ガワラの前では猫の皮を被っている。
 何も鬼ガワラの勲章や武勇伝を聞いて、ためらっているのではない。ー奴ー鬼ガワラの体躯に恐れをなしとるのだ。
 まるで鬼ガワラは動く小山だった。いくら腹立たしいとはいえ、小山の様な虎に踊りかかっていけるか。もしかしたら、虎よりも強い可能性だって十分秘めている相手に挑んでいけるか。顔だけで、畳半分のスペースはありそうなくらい、デカいのだぞ。そんな相手に立ち向かえるか、、、。立ち向かおうとしていた。ズボンのポケットに忍ばせた道具(ボールペン)だけを頼りに......。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)