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第3章 邂逅 第28話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第28話

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第3章 邂逅 第28話

 還房した後のオレは、ある種の興奮状態の中で、高地先生の話を反芻していた。
 ー本当に死刑が無期になるのだろうかー
 正担当が2枚の書類を持ってきたのは、ちょうど、そんなことを考えている時だった。
 鉄扉を開錠させた正担当は、「座っていい?」とオレに断りを入れてから、入り口に腰を下ろし、書類を1枚差し出した。受け取った書類は、先程、高地先生が差し入れして帰った選任届けだった。
 そして、もう1枚の書類も続けて受け取った。控訴申立書だった。
「こんなこと、ワシの立場でゆうたら、ホンマはあかんねんけど、伊丹、、、控訴してくれへんかっ」
 被っていた官帽を脱ぎながら、正担当は、まるで懇願しているような表情でオレを見た。
 それは、同情かもしれない。憐れみかもしれない。それでも、なんて優しい目なんだろう、とここでもオレは人の温かみに触れていた。
「まだ、伊丹は31やろ。まだまだやり直しのきく歳やんか。やったことは取り返しつかんくても、最後まで、可能性は捨てて欲しないねんっ。
ワシは職業柄、こうして色々な人間をここで見てるけど、やっぱり分かるもん。ああ、コイツは心から反省しとるな、とか、ああ、コイツはまた同じことやりよるな、とか。
 ワシは毎日ここで、伊丹みてるからようわかるねん。自分がどれだけ反省してるか、償おうとしてるか、ようわかるねん。
 苦しいと思う。辛いと思う。それでも、崩れんとキチッと生活してる態度は、ワシら官からみても立派やもん」
 オレの小説が、この場所(拘置所)からシャバに出たのも、この人の尽力が少なからずあった。

検閲と称して、一番最初の読者になってくれたのも、この人だった。
 中での生活が人より長いおかげで、この人が色々な犯罪者を見てきたように、オレも多くの刑務官と接してきた。たいていの刑務官は、制服というヨロイをまとっているせいで、その人間が持つ本質は消え失せ、四角四面のモノ言いをする者が多かったが、中にはこの人のように、人としての温かみを持って接してくれる人もいた。
 あんな取り返しのつかないことをしてしまったというのに、まだオレを生かそうとしてくれている。
 この人だけではない。
 ゆまにしても、龍ちゃんにしても、親父にしても、兄貴にしても、オレのおかげで大いに迷惑を被っているというのに、みんながオレを生かそうとしてくれている。
 叶うコトなら、そういう人たち一人一人に、生きて恩を返したかった。


けれど。オレの両手は、汚れ過ぎていた。

 もうこれ以上、いたずらに生を望むべきではない、と思った。
 みんながこうやって惜しんでくれているうちに、この世を後にしようと思った。
 もう誰にも憎まれたくなかった、、、。


弁護人選任届けにも、控訴申立書にも、オレは署名を入れなかった。
(十)

 アクリル板で外界と獄の世界を遮断する、いつもの面会室へ入って来たゆまの表情は、いつにも増して強張っていた。
「おはよ」という声も、かたく震えていた。ムリに笑おうとする、その姿が痛々しかった。
 オレは「ごめん、、、」と言って唇を噛んだ。ゆまは、その一言ですべてを察し、強張らせていた表情を涙で溢れかえらせていた。
「杏ちゃんが、、、杏ちゃんが、決めたことやからっ、、、」

オレを責めもしなかった。非難もしなかった。そしてオレが口にした言葉が、
「なんで、なんでこんなオレなんかにやさしくしてくれんねんっ、、、」
だった。
 アクリル板越しに、真っ直ぐオレを見ながら、ゆまはこたえた。
「杏ちゃん、ほんまにアホやろ。好きやからに決まってるやんか。こんなんなっても杏っちゃんのこと、こんなんなっても、杏ちゃんのこと好きやからにっ、、、」
 オレのことなんて、もういいよ。自分のために幸せになってくれ。オレのことなんて忘れてくれ。そう思う気持ちも本音なら、死ぬまで愛して欲しい、ずっと愛し続けて欲しいと願う気持ちも、オレの偽りない本音だった。
 オレは、子供みたいに泣きじゃくった。
「ごめんな、、、控訴できんで、、、ホンマごめんなっ、、、でも一日でも長く生きのびるわなっ、、、」
 ゆまは、泣き笑いのような顔をしながら、「うん」と何度も何度もうなづいた。


 それから2週間後。
 問答無用でオレは、処刑台のある拘置所の四舎二階へと移送されていった。
 ただ、殺されるためだけに、、、。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)