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第3章 邂逅 第27話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第27話

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第3章 邂逅 第27話

(九)
なんだか、自分が人生の瀬戸際に立たされているというのが信じられないほど、この日の面会は平和に流れていった。
 死刑判決を言い渡された翌日にゆまの涙を見て、もしかしたら終わるんじゃないか、、、と感じたことも錯覚に思えた。
「ほんじゃ、また明日ねっ」
「ああっ。いつもありがとうなっ。ゆきちにもよろしく言うとってやっ」
 いつものように彼女はシャバへ、オレは獄中へと戻って行った。


 午後3時を回っていたであろうか。房の中に時計などありはしないので、はっきりとした時間はわからない。
 房の前へと現れた連行担当に、視察口から弁護士面会を告げられたので、全くやる気の見当たらない、しょぼくれた国選弁護人が最期のお役目として、ひそひそとやって来たのかと思った。
 だが違った。
 弁護人専用の面会室というのは、一般面会室に比べ、少しだけ豪華だったりする。とは言っても、一般面会室よりも少しだけ広く、腰掛けるイスが少しだけしっかりしてるという程度だが、、、。
 オレより後に面会室へと入って来た弁護士は、同じ弁護士でもしょぼくれた国選弁護士とは月とスッポン。同じ弁護士というカテゴリーに入れることさえはばかれるくらい、正しく先生であった。
 見た目だけで凄腕とわかる先生の目は、かけた眼鏡の奥で、キラリと光っていた。
 高そうだな、と思った。眼鏡がではない。眼鏡もだけど、弁護士費用のほうがだ。
先生は「初めまして。東京弁護士会に所属する高地順一です」と、簡単な自己紹介をした後、来所した理由を話しはじめた。
「依頼人のご希望から表だってお名前を申し上げることはできませんが、その方からのたっての希望で、私がこの事件の控訴審を受け持たせていただくことになりました。もちろん、あなたが選任して下さればの話ですけどね」
おっぉぉぉぉ!!!

 どっかで見たことがあったような、このシチュエーション。
 かの成り上がり漫画。極道達のバイブル。あのストーリーと、ここだけ同じではないか。オレは心の中で絶叫した。もしや、このままタイムスリップしてしまうのか!?
「調書のほうも拝見させていただきました。まぁ、なんとかなるんじゃないか、というのが率直な私の感想です。現法廷というのは、ものすごく世論を気にしましてね。いくら事件当時、被告人が心神喪失している場合は罪に問うことはできない、と六法でうたっていても、まずそれを認める判決を出すケースはありません。世間を震撼させればさせるほど、引き起こした事件が凶悪であればあるほど、皆無といってよいでしょう。
 精神鑑定というのは、数字の公式のように、こうなって、こうなって必ず答えはこうなる、というものではなく、同じ人間を鑑定したとしても、鑑定人によって、必ずしも一致する、というわけにはいかないんですよ。
 気を悪くなさらないで聞いて下さいね。もし、あなたを3人の医師が鑑定したとします。そのうちの2人が心神喪失だという鑑定結果を出したとしても、残る1人が、正常。つまり責任能力があると言えば、その鑑定結果こそがもっとも信用足るということで、裁判所に採用されてしまうんです」
 一般面会と異なり、弁護人は接見に際しての時間制限はなく、刑務官が立会に付くこともない。オレは口をはさむことなく、圧倒されたまま、先生の話を聞き入っていた。
「仮に3者が3者とも心神喪失の鑑定結果を出したとしても、今度は検察官の意向にそったもっとも信用できる鑑定人が登場し、責任能力あり、の鑑定結果が出されるまで、延々と精神鑑定は繰り返されます。
 そして、医学界では、刑事裁判で正常という鑑定を述べた学者が出世していき、バカ正直な鑑定結果を書いた医師は、窓際に追いやられる、というわけです。
 裁判官にしてもそうです。
 昔は、刑事事件で3回、無罪判決を出せば、出世できない、と言われていましたが、今は世間の誰もが知る凶悪事件を受け持ち、一度でも無財という判決を出してしまえば、その判事の出世は二度と閉ざされてしまう、と言っても言い過ぎではないでしょう。
 考えて見てください。あの連続幼児誘拐殺人事件の犯人。あれなんて、わざわざお偉い鑑定人の先生が鑑定しなくても、我々、素人目にだって、異常だとわかるわけじゃないですか。
 それがどうですか。正常で、責任能力あり、の鑑定結果が出され、首をくくられるんですから。そういうものなんです」
ーお偉いーという言葉を口にした時の喋り方で、高地先生が鑑定人のことを快く思っていないことが窺えた。
「遠回りしてしまいましたがー」
と、先生は断りを入れた後、いよいよそこから話の核心へと入っていった。
「戦略としてはこうです。
 精神鑑定を申請します。そこで狙うのは、心神喪失ではなく、あくまで心神衰弱のほうです。ご存知かと思いますが、心神喪失は無罪、心身衰弱は刑が一等減刑され、死刑ならば無期になります。
 伊丹さん、裁判はあくまで戦(いくさ)です。私は負ける戦はやりません」
 オレを見つめる高地先生の目は、自信に満ち溢れていた。
 いいな、と思った。
 場違いだけど、高地先生の目を見て、いいな、と思った。自分の職業に誇りを持っている人の目だ。
「控訴して下さい。選任届けは1階の差し入れ窓口で入れてありますから。私なら、あの連続幼児誘拐殺人犯だって無期にできましたよ」
 ニヤリと高地先生は、笑みを浮かべて立ち上がった。そして踵を返しかけて、まるで演技かかったかように、こんなことをつぶやいた。
「あっ、そうそう、これはあくまで私の独り言なので、聞く聞かないは自由ですけど、確かあの方は、こんなことを言っておられたな。
これが親としての最後の命令や。控訴せえっ。生きて帰ってこい。親のワシより、早よ死ぬなんて許さへんど、とね。では、失礼」
 高地先生の独り言には、親父の物真似が入っていた。
親父のことを逆恨みしたこともあった。
 こんなこと、しでかしておいて、ーもう死ぬねんから、面会くらい来てくれてもええやんケッ!ーと思ったことも正直あった。
 まだハナタレだった頃に拾われて、歪んだ性格を徹底的に叩きのめされた。
 デキがすこぶる悪かったので、龍ちゃんなんかより人一倍、親父のゲンコツを喰らった。
 オレは片親だったから、その親父のゲンコツが嬉しかった、、、なんてことはまったくなく、本気でオレと向き合って叱ってくれる親父が嬉しかった、、、なんてことも間違ってもなく、どつかれ、しばかれ、蹴り飛ばされるたびに逃げ出したりもしたし、ヤクザを辞めてやろう、と思ったことも一度や二度どころではない。
 ハタ目には、素晴らしい男の中の男と映っても、仕えていれば綺麗なところばかりではない。嫌なところだって見えてくる。納得のできないことだって、何度もあった。
 オッサン、ゆうてることちゃうやんケッ!、と反発を覚えたことだって、何度も何度もあった。
 それでもオレは親父が好きだった。
 口に出したことは一度もなかったけれど、オレにとっては、たった一人の親分だった。
 親父には、すべての負の部分を補っても余りある、人間としての魅力があった。
 あの人の子分で、あの人の若い衆で、オレは本当に幸せだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)