>  > 新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第26話
第3章 邂逅 第26話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第26話

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

第3章 邂逅 第26話
(八)

 正月休みが明けても、「使者」は続々とオレのもとへと送り込まれてきた。
 ついには、編集者のさとうさんまで訪れ、
「ほら、見て下さいっ! こんなにもあなたの作品を読んで感動してくれる人たちがいるんですよっ! この人たちのためにも生きて、また人の心を震わせるようなどんでん返しの小説を書いて下さいっ! ねぇっ控訴しましょうよっ!
ねっ! ねっ! ねっ! ねっ! ねっ!」
 全国の奇特な方から届けられたファンレターをバックの中から取り出してヒラヒラと振りながら、オレを必死になって口説こうとしてくれた。
いい人だな、、、と思った。原稿を送ったコトで知り合っただけの関係だというのに、こうしてわざわざ東京から面会へと来てくれ、オレのために一生懸命になってくれている。
 本当にいい人だな、と思った。
 そして運命の分かれ道。控訴期限一杯となる最終日の1月7日がやって来た。
 日付けが変わる午前12時までに控訴の手続きを取らなければ、泣いても笑っても、悔やんでも、絞首刑が確定してしまう。

昼過ぎに面会へと訪れたゆまは、泣きたくなるくらい優しかった。
 もう控訴のコトについては、何も言わなかった。
 2人ともワザと、その話題を避けるかのようにはしゃぎあった。
「すぐにわかったよっ。ゆきちはニヤニヤニヤニヤしながらウロウロウロウロしてるし、杏っちゃんは杏っちゃんで、可哀想なくらい、オドオドオドオドしてるねんもんっ。見てるコッチが、ハラハラして気つかったわっ」
 バレておらんと思っていた。
 オレの中では、アカデミー男優賞並みのしらばっくれかた、だと思っていた。
 ゆきちのほうはゆまの指摘通り、オレも見ていてハラハラさせられるシーンが幾度かあったが、それでも男同士のかたい約束を交わし合ってるだけあって、なかなかの子役ぶりだった。
ましてやゆまを観察している限り、気付いているふしなどどこにも窺えず、当日のあの驚き方が、実は作られた演技だったとは、、、。
 どうもアカデミー賞は、オレでもゆきちでもなく、彼女にふさわしいらしい。女は生まれもっての女優というもんな。
 もう、遠い日の話に思えるけれど、まだあれから1年と少しの歳月しか流れていないというのが、とても信じられなかった。
 それだけ、色々なコトがありすぎた。
 あの頃のオレに、どれだけの未来の破滅っぷりを話して聞かせてやっても、笑って相手にすらしないだろう。
 いんやオレのコトだ。逆上して殴りかかってくるかもしれん。
 幸せだった。
 失って初めて気付くというけれど、失わなくても、今自分が幸せのど真ん中にいることを実感できるくらい、オレは幸せだった。

「これがいいっ!」
 ショーウィンドウの中で、ひときわ輝く指輪をゆきちが指差した。
なかなかのお値段である。
「ほんなら、コレにしよかっ」
 ゆきちにそうこたえ、営業スマイルをペタリと貼りつけ、無駄にニコニコしている店員に、「お姉ちゃん、コレちょうだいっ」とゆきちが選んだ指輪を指差した。
「くみちょう、ゆきちの500円ちゃんと持ってきたかっ? 使ってないかっ!」
 どれだけ、しがないヤクザのオレとはいえ、保育園児から預かった1ヶ月分の彼の収入(お小遣い)を着服してしまうほど、ギリギリ落ちぶれてはいない。
 白の手袋をはめ、慣れた手付きでショーケースから指輪を取り出し、プレゼント用に包装する女性店員の姿をゆきちは、じいーっと凝視していた。
 目の前のひとつ一つの光景が、みんな幸せにつながっている気がしていた。
 ほんの少し前までの、10年にも及ぶ懲役生活が色褪せ、今なら笑って振り返ることができそうだった。あれだけ辛かったこと、苦しかったこと孤独だったこと、永遠に感じた時間のこと、絶望の狭間でのたうち回り途方に暮れたこと、恨み辛みを残してきた刑務官の名前まで、オレの中で風化しようとしていた。
 今のこの暮らし、この場所だけは、失くしちゃいけないと思った。
 いつまでも、この幸せが続いて欲しかった。

「ないしょやんなっ!」
 デパートの帰り道。どうしてこんな愛らしい顔をするのだろうと思える笑顔で、ゆきちが同意を求めた。
 明日はゆきにとってのママ。くみちょうにとっての姐さん。もとい彼女の23回目のバースデーだった。
 同じ誕生日プレゼントを贈るのなら綺麗なお金でプレゼントを贈ってやりたいと、アホはアホなりに考えたオレは、知り合いの建築現場で10日間、汗を流した。刑務所の中での作業ですらサボることしか考えていなかったオレが、初めて地下足袋を履き泥にまみれた。
「そうやでゆきち。明日まで絶対にママにゆうたらいかんでえ」
 ゆきちとオレは明日の当日まで素知らぬフリを決め、ゆまを驚かすコトを誓いあった。
「くみちょうっ、おとこどうしのやつかっ」
「おうっ、男同志のやつや」
 2人はまたひとつ、契りを交わしあったのであった。ママにかくれて、、、。

帰宅後のゆきちの動きは、そりゃあ危なっかしかった(後日談だが、ゆまに言わせれば、オレのほうも可哀想なくらいオドオドしていたらしいが、、、)。
「どうしたんよっ、ゆきち?」
 ゆまの回りを、嬉しくて仕方ないといった感じでまとわりつくゆきちに、職務質問が飛んだ。
「えぇっ?なんもないやんな~っ。なっ〜くみちょうっ」
 あきらかに怪しげな素振りで、オレへ話を振り、場を凌いでみせた。
「お、おう。おうよっ! ほんまになんもないでっ。ほんまやでっ」
 ひきつった笑顔で、そう答えたオレだったが、よくよく考えればーバレバレでんがなーである。しかしこの時のオレは、そんなこと露とも疑わず、ゆまの鋭い目を盗んでは、ゆきちと2人で意味ありげな笑みを浮かべたのであった。
 まさか、翌日のプレゼントを渡した時の、あのびっくりした顔が演技だったとは、、、。やはり女は、生まれもっての女優である。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)