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辿りついた総本山

新装改訂版『尼崎の一番星たち』絶讃発売中!ー尼崎極道炎上篇ー

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辿りついた総本山~親分の代理はクラクラします~



吹く風に秋の訪れを感じ始めた頃だった。予期せぬ事態が、私の所属する組織に起きた。私の親分と上司となる若頭を、県警が同時に逮捕したのだ。
 そのときの県警のハシャギようと言ったらなかった。確かに、県警にとっては、大金星なのであるが、こちらは胸くその悪い逮捕でしかない。
 当時、私の組織内での役職は、若頭補佐であった。出頭する直前に、親分から「沖田、ワシが戻るまで事務所の事は頼むぞ」と言われた。この一言で、二人が戻って来られるまで、私が組織の責任者となったのだ。
 はっきり言って、荷が重い。責任者を任されるという事は、親分の名代で本家の定例会にも出席しなければならないし、様々な責任がのしかかってくるのだ。
 それを考えただけでも、内心クラクラしていたのだが、「クラクラします!」なんて口が裂けても言える訳がなく、私は「はいっ」と応えたのであった。
 さて、親分と若頭を挙げたことで県警が次なるターゲットを絞り始めた。わざわざ私の所属する組織の名前をつけた「○○組壊滅作戦」と題して、大袈裟なプロジェクトチームをご丁寧に作ったほどだ。
 次なるターゲットに選ばれたのが、他でもないこの私であった。
 本部だけではなく、私が経営していた飲食店まで徹底的にガサをかけられ、毎日のように言いがかりをつけてられては、警察署へと足を運ばされるハメに。
「だから自分は何も分かりませんてっ」
と言うのが、この頃の私の口癖だった。対する"相手さん"も決まり文句を必ず使ってくる。
「お前も二、三年は懲役行ってもらうからのぉ」
 そう言われても「だから自分は何も分かりませんてっ」と口癖を繰り返してみるが、内心はかなり穏やかではなかった。
「兄弟~、えらい人気者になっとるやないか~っ」
 本家の定例会を明日に控え、私が留置場に座る文政を訪ねると、彼はアクリル板の向こうで嬉しそうに口を開いた。
「なんでやねんな。人気なんかあるかいなっ。人気あんのは、兄弟やろがっ」
 もちろん文政は否定しない。
「当たり前やないか。ワシの人気はいつでもうなぎ登りや。やけど、兄弟も隅には置けんがな。なんでもケムシまでが兄弟を狙っとるらしいからのっ~」
 何故、この男はこんなにも嬉しそうなのであろうか。しかも、「ケムシ」である。名前を聞くだけでも目眩を覚えるそのネーミングの主は、関西裏社会の不良をいじめることを生き甲斐にしている府警の刑事だ。尼崎はギリギリ兵庫県であることを、ケムシは忘れてしまったのであろうか。
「期待しとんで、兄弟~」
 終始笑顔の文政に、私の目眩は一層、激しさを増したのであった。
 面会を終えると、私はその足で本宅へと顔を出し、親分の姐さんに「明日、親分の代理で定例会に出席してきます」と挨拶したのだが、この時、姐さんからこんな事を言われた。
「沖田さん、本家の定例会に行きはんのやったら、ヒゲは剃って行きなさい」
 そのときは、「姐さん、いくらなんでもそこまでせんでええのと違いますか」と口にはしないものの心でつぶやいていた。
だが、翌日には心底、姐さんに感謝したのであった。本家に向かうと、代理出席でヒゲを生やしている者は誰もいなかったのだ。そこまでしなければならない神聖な場所であった。
「ええか、沖田。本家は独特の雰囲気があるから、その雰囲気に呑まれたらあかんどっ。兄貴の名前呼ばれたら、代理です!て大声で叫ぶぐらいでちょうどええからな」
と心やすくして頂いてた叔父貴に言われ、挑んだ定例会では大広間に入室しただけで心臓が爆発してしまいそうになっていた。
 たった一言「代理です」というだけなのに......。
 周りを見渡してみると、全員が世の人々から親分の称号を与えられた方々ばかりである。小さなバーを営みながら細々やってまんねん、という顔ではない。確実に、私がこの中で一番、金を持っていないことは一目瞭然であった。
 しかし、私も小さなバーの経営者の顔をしている訳にはいかない。何故ならば、私の懐事情がどうであれ、親分の名代で今その座布団に座っているのだ。顔くらいは涼しい顔をしておかなくてはなるまい。そんな事をあれこれ考えているときだった。
「親分入られますっ!」という声が大広間に響き渡り、ゆっくりとした足どりで、薄い紫の作務衣をきた本家親分が入室してこられ、私からみて一番奥の中央に腰をおろされた。
 私は最後尾から、その光景を眺め、ついにオレもここまで来たか(正確には登り詰めていないのだけれど......)などと思いながら、緊張と感慨が入り乱れていたのだった。
 すぐに出欠を取り始めた。「敬称は省略しますっ!」と断わりを入れてから、名前を読み上げる叔父貴の早いこと。想像以上であった。
 私はそのスピードに合わせて「代理です」と心の中で連呼していた。代理です、代理です、と心の中でのリハーサルを繰り返していくうちに、緊張の余り頭の中が軽くショートしていたのかもしれない。
 いつの間にか、心の叫びが「代理です」から「同席です」に変わってしまっていたのだ。
同席ですっ! 同席ですっ! 同席ですっ? 同席ですってなんやねんっ──。
 これには酷く気が動転してしまい、頭が真っ白になってパニック状態に陥りかけていた。
 そこに私の親分の名前が読み上げられた。
 結果から記そう。
 私の口から出た言葉は「代理ですっ!」である。
 正解を口にしたことまでは記憶しているが、この後の事は放心状態だったために、あまり覚えていない。気がつけば、私は事務所に戻っていて、当番者が目の前に置いてくれた水を一気に飲み干していた。
「どないやった、本家の定例会は?」と他の幹部に訊かれ「寿命が三年は縮まった......」と答えソファーに身を沈めながら、瞼を閉じた。
文政の兄弟に聞かせたら、また爆笑するやろなっ──なんて思いながら......。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)