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暑すぎた夏〜 連鎖する別れ〜

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暑すぎた夏〜 連鎖する別れ〜


その夏は異常なくらい暑く激しい夏だった。
振り返ってみても、あの夏はどこかで何かが狂っていた。
同棲していた彼女を刺してしまったゼロやんは、彼女が軽傷で示談を成立させたこと、最後の務めから十数年空いていたことなどが考慮され、私に当番を入らせるだけ入らせておいて、無事社会にカンバックを果たしたのだった。
「当番、代わりに入ってもうて......すんませんでした」
シンが他界し、ゼロやんが社会復帰を果たすまでの期間に、私は3次団体の若頭という肩書きが外れ、正式な本部の直参に昇格を果たした。しかも、「組長付き」という要職に就いていた。
五十代の坂を半分登っていたゼロやんに「そんなん、かまへんがな」と応えたのだが、ただ無類の酒好きを案じて一言だけ苦言を呈した。
「ゼロやん。酒飲むな、とは言わんけど、今回の事件も褒められたもんやないねんから、ほどほどにしとかなあかんで」
注意したのは、酒の席で彼女を刺した事だけが原因ではなかった。ゼロやんの小さな身体は、拘禁生活のせいもあって、さらに小さくなっており、どす黒く黄色がかった顔色は年齢以上にやつれて見えていた。それが気にかかったのだ。
もともとゼロやんの渡世入りは遅かった。建設会社の社長から企業舎弟を経由して、本格的な組員へとなった背景があったためだ。
「はいっ」
小さな身体を丸めて返事はしたものの、元来の酒好きは、私がたしなめたくらいで治るはずもない。釈放されたその日から、ゼロやんは浴びるように酒を飲み、クダをまいた。
それが祟ったのだろう。すでに病にむしばまれていたゼロやんの身体は、一気に病状を悪化させてしまい、いつものように浴びるほど飲んでいた酒の席で、血を吐いて倒れてしまったのだ。

ゼロやんは、私の舎弟で「時代錯誤」を絵に描いたような古風をひたすら愛した男の兄弟分であった。筋で言えば、私にとって弟にあたる。
「ゼロやんが病院へ担ぎ込まれたー」
一報を受けて、取るものもとりあえず、ホワイトブッチャーという巨漢の舎弟を連れ、病院へと向かった。
通常、ケンカの場面以外でブッチャーと私が連なることはまずない。
だが、私の目の前に座っていたのがブッチャーしかいなかったので、非常事態に致し方なく連れていく事にしたのだ。ブッチャーは尋常ではない荒くれ者なだけあって、もちろん車の免許証というような野暮なものを持っていない。助手席に太い身体を沈めると、
「兄貴! 急ぎなはれ!」
と言っているだけであった。
病室に辿り着いたときには、ゼロやんの意識はすでに朦朧としていた。
「ゼロやん! 逝ったらいかんぞ! 当番のことなんて気にせんでええからな! 負けるな!」
ゼロやんの手を握り、必死に励ました言葉がこれであった。よっぽど私の方が当番を気にしていたのである。
一瞬、たしかに死の淵で必死に戦っているゼロやんの唇がフッと笑みを漏らしたように映った。苦笑いを浮かべてくれたのであろうか。
これがゼロやんの最期だった。
そのまま、ゼロやんは呆気ないほど簡単に、この世に別れを告げていったのであった。
シンが死んで20日目。ゼロやんの釈放後わすが7日目の出来事だった。

「沖田、中で見送ったれ。親より先に死んだ時は仕切りの中から見送ったらなあかんのや」
ゼロやんが出棺される間際、私は親分からこう教えられた。
その後、ゼロやんの親族が火葬場に向かうために、霊柩車やマイクロバスなどに分かれて乗り込み始めると、親分は喪服の上着を脱ぎ、額に汗を流しながら一人で大声を上げて、車の誘導をし始めたのだった。
親分はそういう人だった。
すべての車を葬儀場から送り出すと、親分はハンカチを額に当てながら、容赦なく降り注ぐ陽射しを見上げた。
「ゼロは無口な男やったけど、ええ男やった」
と呟いたのだった。
私も親分の横で降り注ぐ陽射しを見上げながら、「はいっ」と答えた。
見上げた夏の空はどこまで青く果てしなかった。
ゼロやん、シンによろしく伝えてくれよ――。
私は静かに心の中で、そう呟いたのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)